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あなたのとりこ 444 [あなたのとりこ 15 創作]

 この日比課長の話しの中の、ネコに追い詰められた鼠、と云う件で頑治さんは全く無関係な事ではありましたが、自分のアパートの部屋に夕美さんが置いて行ったネコのぬいぐるみを頭の中に思い浮かべるのでありました。夕美さんの命令に依りあのネコのぬいぐるみは頑治さんの監視役として部屋に残されたのでありますから、まあ、追い詰められてこそいないけれど、頑治さんはさしずめ鼠の役回りと云う事になりますか。

 そこに那間裕子女史がようやく出社して来るのでありました。那間裕子女史は全くあっけらかん、という風でなないけれど、妙にいじけたり不貞腐れたりとかするところもなく、云ってみれば遅刻の熟達者のような、陰湿にはならない、或る意味で堂々たる忌憚としおらしさとを体現しながら編集部スペースに入って来るのでありました。
「あら、片久那さんは今日はお休み?」
 片久那制作部長の机から遅刻した自分に向けられる毎度の険しい無言の視線がその日射して来ないのを訝って、那間裕子女史は頑治さんの顔を見ながら訊くのでありました。
「出雲さんがさっき退職願いを提出したので、その件で詳しく話しを聞くために出雲さんと土師尾常務と一緒に社長室に行っていますよ」
「ああそうか。出雲君はちゃんと退職願いを出したのね」
「新宿で逢って話した時にそう云っていたでしょう」
 袁満さんが那間裕子女史の、ちゃんと、と云う言葉にちょっと引っ掛かって、女史を不審そうな横目で見遣りながら云うのでありました。
「それは確かにそうだったけど、でもひょっとしたら今日になって急に、考え直す場合もあるかなって思っていたからさあ」
「あの新宿の喫茶店で、皆の慰留にもめげずにあんだけ確然とした決意を表明したんだから、今朝になって突然、止めた、なんていう筈がないでしょう」
 袁満さんは那間裕子女史の言に、出雲さんへの見縊りをふと感じたためか、険を宿した目で女史を睨みながら少し不機嫌に云うのでありました。
「でも態々社長室で三人雁首を揃えて何を訊こうと云うのかしら?」
 那間裕子女史は袁満さんの不機嫌に頓着することなく小首を傾げるのでありました。
「訊く事なんか何もないよ。事を必要以上に大袈裟に持って行って、出雲君をビビらせて負担に思わせてやろうと云う、土師尾常務の何時もの、チャンスと見たら人をいたぶって喜ぼうと云う悪趣味からだろう。あの人のやる事は何時もそんな程度だから」
 均目さんが皮肉な笑いを口の端に浮かべるのでありました。
「仕事にしても、土師尾常務が出雲君から引き継ぐ程のものはないしなあ」
 日比課長が無意識にではありましょうが薄笑いを湛えた顔でそう云うと、袁満さんは那間裕子女史の時と同じに険しい目をそちらに向けるのでありました。
「どうせ今まで、出雲君は大した仕事はしていないと云う意味かな?」
「いやそんな事を云っている訳じゃないけど、・・・」
 日比課長はまごまごするのでありました。「何だか妙に突っかってくるなあ」
(続)
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