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あなたのとりこ 439 [あなたのとりこ 15 創作]

「そうね、ぼちぼち昼席と夜席の入れ替え時間になるわよね」
 夕美さんも自分の腕時計に目を落とすのでありました。
 所在なく夕美さんと二人で寄り添って末廣亭の前で入場時間を待っているのも、それ程つまらない時間でもないと思っていたのでありましたが、どうしたものか甲斐計子女史の姿を見付けて目が合ってから、頑治さんはこうして往来で夕美さんと二人で無防備に身を曝しているのがちょっと苦痛になるのでありました。それは甲斐計子女史に見つかったのだから、食事とその後の出雲さんの送別会がてらの飲み会をやらかそうと云う他の会社の連中にも、ひょっとしたらここで出くわすかも知れないからでありました。まあ可能性は低いのでありましょうけれど、しかし絶対無い事とは云い切れないでありましょうか。
 だからと云っておどおどする必要は無いとは思うのであります。見つかったとしても、大いに照れて見せればそれで済む話しであります。しかし要は、折角の夕美さんとの二人だけの時間に、他の会社の連中に無遠慮に割り込まれるような気がする訳であります。
 頑治さんとしては、この連休では夕美さんとの逢瀬をじっくり堪能すると云う訳にはなかなかいかなかったような気がしていて、夕美さんに対しては実に以って相済まない気がしているし、自分としても折角の夕美さんとの久々の逢瀬を台無しにしているようで実に以って歯痒いのでありました。別に会社の連中に無根拠に悪態をつく意は無いけれど、しかし心の底で沸々と泡を立てる無念さをどうしてくれようと云う憤慨は、一方に濃厚にあるのであります。まあ、何の正統性も無い憤怒であるのは判っていながら。・・・
 とか何とか頑治さんが考えている内に、末廣亭の出入り口に人々のさざめく気配が起こるのでありました。ようやく昼席が跳ねたのでありましょう。会社の他の連中に見つかる事もなくどうやら中に入る事が出来そうであります。しかしまあ、だからと云って別にホッと安堵の溜息を吐く程の事でも実際は無いのではありましたけれど。

    もっと激震が

 ゴールデンウィークを地方で過ごして帰郷した旅行客が東京駅の構内に溢れているのでありました。到着した上りの新幹線の出入口からは多くの旅客が吐き出されるけれど、逆に地方へ向かう下りの新幹線のホームには然程の混雑は見られないのでありました。とは云ってもまあ、普段よりは混雑はしていましたけれど。
「何だかちっとも落ち着かないゴールデンウィークだったなあ」
 頑治さんが列車の到着を待つ列に並ぶ夕美さんの横で云うのでありました。
「まあ確かに慌ただしい感じだったし、ゆっくり頑ちゃんとの時間を過ごせたと云う風でもなかったけど、でも頑ちゃんの変わらない様子を見られただけでも良かったわ」
「当初は夕美と一緒に色んな事をやろうと考えていたんだけど、変な用事が色々入って残念ながら何だか消化不良と云った心持ちだな。夕美に済まない気持ちもあるし」
「仕方が無いわよ。別に済まないとか思う事ないわ」
 夕美さんは顔を横に何度か振って見せるのでありました。
(続)
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