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あなたのとりこ 420 [あなたのとりこ 14 創作]

 頑治さんは夕美さんの冗談を何時になく案外真面目にあしらうのでありました。
「考えてみれば水族館なんて行くのはどのくらい振りかしら」
 夕美さんは結構嬉しそうな風情でありました。「ずっと前だったか、頑ちゃんと上野動物園には行った事があるわよね、確か」
「まあ、上野は云ってみれば俺のアパートからの散歩コースの一つだから、上野公園迄は良く歩くし、その流れで動物園にも夕美と一緒に何度か入った事があるよなあ。でも水族館は東京に出て来てから一度も入った記憶がないかな」
「あたしは前に江の島の水族館に行った事があるわ」
「ふうん。俺以外の男とデートで、かい?」
 頑治さんは冗談めかしてそう訊ねるのでありました。
「そんなんじゃなくて、前にお父さんとお母さんが東京に出て来た時に、観光ではとバスに乗って、あたしも一緒に来いと云うんでそれにお付き合いしたのよ」
「そう云えば、お母さんの様子はどうなんだい?」
 頑治さんは急に話題を変えるのでありました。
「あんまり良くないかな。もうすぐ手術だけど」
「病院に入院しているんじゃないの?」
「手術までは家に居るわ。手術の一週間前に入院と云う手筈になっているの」
「ふうん、そうか。・・・」
 頑治さんは少ししめやかな顔になるのでありました。「手術が上手くいって、経過もずうっと順調で、その儘前のように元気になってくれるといいね」
「まあ、そうだけどね」
 夕美さんは頑治さんの顔を見て笑むのでありましたが、その笑みは頑治さんの心配への感謝と云うだけで、その冴えない表情からお母さんの容体はなかなか捗々しくはないのだろうと想像するのでありました。夕美さんも色々大変そうであります。
 サンシャイン水族館見学の後、頑治さんと夕美さんは高層ビルからの夜景を楽しみながら都内では結構名前の通った懐石料理店の出店で、頑治さんにすれば大いに豪勢な食事を楽しむのでありました。その日の昼に夕美さんには不如意に時間を潰させて仕舞ったと云う思いがある手前、頑治さんがそこは奮発して奢る心算でありました。
「先の話だけど、今度こっちに来るのは夏休みと思っていたんだけど、仕事の関係でその前にもう一度、多分六月の終わり頃に出て来る事になりそうよ」
 夕美さんが水菓子のレモンのシャーベットを口に運びながら云うのでありました。
「へえ、じゃあまた二か月もしない内に逢える訳だ」
「そうね。その後は夏休みもあるから、当面ちょくちょく逢える事になるわね」
「夕美ばかりがこっちに出て来るのは交通費とかが大変だろうから、夏休みは俺が向こうに行こうかな。考えていればもう何年も帰っていないし」
「それは良いわね」
 夕美さんが目を輝かせて乗り気を見せるのでありました。
(続)
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