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あなたのとりこ 398 [あなたのとりこ 14 創作]

 夕美さんも頑治さんをほぼ同時に見付けて、逸る気持ちを弄ぶように足手纏いに絡む両手に下げた大きな旅行バッグを持て余しつつ、頑治さんの方に向かって小走りに駆け寄って来るのでありました。その前に勿論、この荷物共は、先ずは見付けた頑治さんに手を挙げて見せる挨拶の動作をも忌々しく邪魔したのでありました。
「見慣れないフォーマルな格好をしているから、見違えるところだったよ。ま、実際はどんな格好をしていても、夕美を見違える事なんか絶対にしないんだけど」
 頑治さんはそう云いながら、傍まで来た夕美さんの如何にも重そうな方の荷物を受け取るために片手を差し伸べるのでありました。
「一応仕事絡みでの上京だからね」
 夕美さんは素直に頑治さんに大きな方の旅行バッグを手渡して、それから頑治さんの顔をまじまじと見るのでありました。「変わり、なさそうね」
「一か月ちょっとでの再会だから、そんな短い時間では変わり様がない。でも夕美の方は一か月ちょっと前より大分大人びたような気配があるかな」
「スーツを着ているからでしょう」
「それもあるけど、何か雰囲気がさ」
「そうかしら。ひょっとしたらそれは社会人になったからかもね」
 夕美さんはそう云いながらその社会人振りを見せるように、心持ち胸を反らして姿勢を正してから、一直線の視線を頑治さんに投げるのでありました。そうやって見つめられると、何とはなしに頑治さんはどぎまぎとして仕舞うのでありました。久しぶりの夕美さんの一直線の視線にちょっと狼狽えたのか、それとも学生時代には感じなかった一種の成熟を、このごく短期間で身に付けたような風情の夕美さんにちょっとばかり気圧されたための狼狽なのか、そこの辺りは頑治さん自身も良く判らないのでありました。
「今日の宿泊先は、叔母さんの家じゃないんだよね?」
 頑治さんは秘かに波立った気持ちを仕切り直すように話頭を変えるのでありました。
「ううん、お茶の水の錦華公園近くのビジネスホテルよ。明日早速大学の方に顔出ししなければならないから、今日から三泊はそこに泊まるの」
「ああそうか。大学の近所の方があれこれと便利ではあるか」
「そう云う事。勤め先にもそう云ってあるし。まあ、一応建前としては、この上京の前半は仕事での出張と云う事なんだから、宿泊先が頑ちゃんの本郷のアパートと云う訳にもいかないしね。大学での仕事が済んだら、後はプライベートで五月五日まで過ごすから、その時には頑ちゃんのアパートに転がり込む予定よ。その折はよろしく」
「勿論大歓迎だよ。でも、世田谷の叔母さんの家の方には顔出ししなくて良いの?」
「取り敢えず東京に出て来る事は云ってあるけど、でもまあ、ちょっと立ち寄って実家から預かって来たお土産を渡すだけで、叔母さんの家には泊まる予定は立てていないわ」
「じゃあ、後半の三日間は一緒に居られる訳だな
「そう云う事。前半の四日間も仕事が終わってからは頑ちゃんと一緒よ。まあ、明日だけは久し振りと云う事で、先生と大学院の後輩と夜一緒に食事する事になっているけど」
(続)
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