SSブログ

あなたのとりこ 397 [あなたのとりこ 14 創作]

「それはどうですかねえ。ただ俺の言葉を停滞していた会話を少し活性化させる好都合な接ぎ穂だと捉えて、上手く社長が利用しただけじゃないですかねえ」
 頑治さんは謙譲からだけではなく、実のところあの社長には、人を見る目とか好機を的確に捉える目とかをあんまり期待しない方が無難だろうと云う読みかあるものだから、そんな風に冷えた語調で応えるのでありました。
「まあ何事にも敏くピンとくるタイプじゃないけど、それでも唐目君の発言にちょっと瞠目したような様子は充分あったよ。それにあの社長だけじゃなくてあの場に居た殆どが、唐目君の発言にグッと引き込まれたのは間違いない。まあ、一人を除いて」
 均目さんに除かれた一人とは土師尾常務に間違いないでありましょう。
「そうね。確かに唐目君の発言にはあたしも、おお、とか思ったもの」
 那間裕子女史が頑治さんの方に向けた目を、まるでその時を再現するように少し大袈裟に見開いて見せるのでありました。「なかなか頼もしくて見直したわよ」
「いやあ、何とも恐れ入ります」
 頑治さんは頭を掻きながら如何にもお道化た風に照れて見せるのでありました。
「唐目君に倉庫仕事とか配達とか駐車場の掃除とか、それに製作の手伝いとか、そんな事をさせておくのが勿体無いよなあ。もっとちゃんとした地位に着けて、片久那制作部長の将来の後継者みたいな立ち位置を目指して貰いたいくらいだね」
 満更法螺でもないような均目さんの口振りであります。
「片久那さんみたいに高圧的で薄情で素っ気ない感じは困るけど、でも会社内での管理の力量としては、将来片久那さんレベルにはいくんじゃないかってあたしは思うわよ」
「いやあ、それはおべんちゃらが過ぎますよ那間さん。第一俺には片久那制作部長程の素早くて深い思慮も、果敢な行動力も、それに威厳も人望もまるで無いですからねえ。ここで幾ら俺を褒めても何も出ませんよ、念のために云っておきますけど」
「いやいや、それでもあの出雲君と袁満さんの晴れやかそうな顔は、唐目君が齎した今日の収穫に違いないよ。このところ二人共塞ぎ込んでいたけど、今は見違える程生き々々している。唐目君のお蔭でここに来てやっと仕事の具体的な目途が立ったんだよ」
 均目さんはそう云ってこっそり日比課長と戯れる出雲さんと袁満さんを指差すのでありました。確かに二人の表情には最近に無い精気が見て取れるのでありましたか。

   久し振りの逢瀬

 この、片久那制作部長を除いた全社員に依る会議の後に、これ迄に無い大激震が会社を襲うのでありました。それはゴールデンウィークに夕美さんが仕事絡みで東京に出て来た後の事でありました。その後に控えた大激震の事なんぞ全く欠片すら思いもしていなかったから、夕美さんとの久し振りの逢瀬を頑治さんは大いに楽しむのでありました。
 東京駅の新幹線ホーム迄頑治さんは夕美さんを迎えに行くのでありました。頑治さんは車両から下りて来た濃紺のスーツ姿の夕美さんをすぐに見付けるのでありました。
(続)
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 12

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。