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あなたのとりこ 396 [あなたのとりこ 14 創作]

 本来ならばこういう締め括りの発議は、袁満さんよりは土師尾常務辺りがするべきところではありましょう。しかし当人としてはこの会議に然したる思い入れも期待も無いものだから、それに元々気が利かない性質でもあって、ケチを付ける事はするけれどそんな役割なんぞは全く興味も無さそうで、さっさと立ち上がろうとするのでありますか。

 反省会と云う程のものではないけれどこの会議の後、甲斐計子女史を除いた従業員一同は馴染みの神保町駅近くの居酒屋で例に依って一献傾けるのでありました。酒杯を取り交わす時の話題としては、先程の土師尾常務の重職の者にあるまじき子供じみた振る舞いや発言に対する鬱憤晴らしが先ずあって、それから次には那間裕子女史の土師尾常務に対する寸分の遠慮も無い食って掛かりようへの驚嘆等でありましたか。
 土師尾常務への欠席裁判的批判や論いは何時もの事と云えば何時もの事でありますが、一同は那間裕子女史の豪胆さと、ある意味での義侠心と正義感を大いに持て囃すのでありました。女史としては、後でそんなに感心するくらいならその場で不甲斐無く沈黙していないで、一同にすぐさま土師尾常務攻撃に参加して欲しかったようでありました。女史に男共の意気地の無さを詰られれば、全員おどおどと目を逸らすのみであります。
 男共としては土師尾常務に対して寸分の畏怖も敬服も無いし、その人間性は買うに値しないし大いに見下げているのは間違いないけれど、何故かいざとなったら忌憚して仕舞うその意気地の無さと云うものは、我が事ながら実に情けない次第でありましたか。一体土師尾常務の何を憚っているのかと云うと、地位の上での憚りとか会社に於ける年季の長短とか、まあ人様々に如何にも尤もらしい理由はあろうけれど、要は言葉を遣り取りするのが面倒臭くてうんざりであると云うところでありましょうか。なるべく関わり合いたくない、共通の忌避の対象としてその人はこの会社に存在していると云う事になりますか。
 しかし見下げる対象としての認識は男共と共通ながら、那間裕子女史は彼の人を只管忌避するよりも、寧ろ遣り込めたり怒らせたりして面白がる対象として認識しているのかも知れません。それは一種の彼の人への異性なるが故の興味と捉える事も出来ましょうか。しかしそんな事を口にすると那間裕子女史に烈火の如く怒られるであろうと、頑治さんは徳利の日本酒を女史から猪口に注して貰いながら考えているのでありました。
「社長は今日の会議で、唐目君の事が大いに印象的だったんじゃないかしら」
 那間裕子女史は頑治さんの猪口に注ぎ終えた徳利を立てながら、頑治さんに向かって笑みながら小声で呟くように云うのでありました。
「そうそう。俺もそう感じた」
 これは頑治さんの右横に座っている均目さんの言葉でありました。要するに頑治さんは那間裕子女史と均目さんに左右から挟まれた位地に座っているのでありました。
「土師尾さんの一々下らない反応のお蔭でちっとも捗らない話しに、或る方向性と具体的な解決策を一言二言でスカッと与えたんだから、大いに見直したんじゃないかしらね。単なる新しく採用された倉庫番のお兄さんと思っていたのが、これはなかなか隅に置けない社員だと、従来の考えを改めたと思うわよ、今日の唐目君を見ていて」
(続)
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