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あなたのとりこ 391 [あなたのとりこ 14 創作]

「どう云う経緯からか、話しが変な隘路に入り込んで二進も三進も行かなくなったようだけど、ちょっと落ち着いて一息入れた方が良いかな」
 袁満さんが社長に同調して場を落ち着かせようとするのでありました。
「あたしは誰かさんと違って、別に始めからずっと落ち着いているけど」
 那間裕子女史が土師尾常務を一睨みした後に、今度は仲裁役の袁満さんの方に険しい視線を送りながら、未だそう云う憎まれ口を叩いているのでありました。しかし場の大勢としては一息入れる事に皆異論は無いようで、気を利かせて席を立って茶を入れるためにであろう、傍らの流し台の方に移動する甲斐計子女史を制止する声は何処からも上がらないのでありました。均目さんと那間裕子女史、それに出雲さんは茶を断って、事務所を出てすぐの、駐車場の傍らにある自動販売機で缶コーヒーを買ってくるのでありました。 

 十五分ほどの休憩を挟んで、全体会議は再開されるのでありました。
「さてところで唐目君、特注営業については何か考えるところはないのかな?」
 社長が頑治さんにそんな風に話しを向けるのでありました。これは先程の出雲さんや袁満さんの仕事の話しの折に、些かなりとも具体的でクールな意見をものした頑治さんを見込んでの名指しでありますか。頑治さんは突然の指名にたじろぐのでありました。
「いやあ、そう云われましても特注営業となると、・・・」
 頑治さんとしては日頃から考えている腹案が全く無い訳ではないのでありましたが、土師尾常務が頑治さんの話しなんぞに意を動かすとは到底思えないので、社長の諮問に面食らった様子を前面に出して云い渋るのでありました。
「君は業務の仕事に限らず、営業にも製作にもなかなかちゃんとした考えを持っているようだから、何か良い方策でも考えていないかと思ってね」
「いやあ、僕如きが妙案なんか到底考え付きませんよ。僕が考え付くような案なら、疾うに土師尾常務や日比課長が考え付いていらっしゃるでしょうし」
 これは頑治さんの謙譲の言と云うよりは、それを聞いた後の土師尾常務の意地になって頑治さんの話しを一蹴しようとする態度からの、予めの逃避と云う意味合いが強いでありますか。どうせ何を云っても真剣に聞きもしないでありましょうし、ひょっとして頑治さんの何かの言葉に不意に沽券を傷付けられたと感じたら、また目くじら立てて逆襲しようとムキになってくるでありましょうから。そんな鬱陶しさは平に願い下げであります。
「ああそうかね。特注営業については特に意見は無いと云う訳かね」
 社長はそれでも頑治さんに何か云わせたいような気配でありましたか。しかしそれに気を良くして迂闊に何か喋り始める程、頑治さんはお調子者でもおっちょこちょいでもないのでありました。まあ、会社の将来を真摯に憂えているのなら、拙い意見でもここでちゃんと披露するのが愛社精神ではありましょう。しかしその愛社精神も土師尾常務の前では竟々出し惜しみして仕舞うのは、これはさて、是と非のどちらでありましょうや。
「唐目君は時々都内の得意先に車で納品に行ったりする機会があるけど、その折に、先方と接触して何か感じる事とかは無いのかなあ」
(続)
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