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あなたのとりこ 390 [あなたのとりこ 13 創作]

「つまり本当は、具体的に進展している話しなんか何もないと云う事ね。如何にもそんな話しがあるように仄めかして、勿体付けているけど」
「勿体なんか付けてはいない。失礼な事を云うな」
 土師尾常務はそうに吐き捨ててソッポを向くのでありました。
「そうやってこう云う場合の常套手段としてすぐ声を荒げるくせに、でも目をあたしからオドオドと逸らせるのは、要するに何も無いと云う証拠じゃないのかしら」
 那間裕子女史は土師尾常務が視線を逸らしたその仕草を、ばつの悪さから逃れるためだと解したようで、手を緩めずに益々追い詰めていく魂胆のようであります。「実は披露出来る話なんか何も無いくせに、まあ、もう少し配慮してあげて柔らかく云うと、未だ披露出来る程に具体化もしてもいない、一種の自分に都合の好い勝手な感触だけしか無い段階のくせに、それを以って日比さんの事を罵るなんて云うのは全くいただけない遣り口だわ。少なくとも日比さんの話しの方が、土師尾さんのそれよりは遥かに具体的だもの」
 これではちっとも、配慮してあげた柔らかい云い方、にはなっていないだろうと、聞きながら頑治さんは内心で竟々笑って仕舞うのでありました。
「製作の人間が営業の事に、半可通に口出ししないでくれるか」
 土師尾常務は流石にこう迄云われると、自尊心と常務取締役と云う地位から、那間裕子女史を怖い目で睨んで見せるしかないのでありました。それでも返す言葉が無いから取り敢えず凄んでいるのだろうと云う風に見えないように配慮したのか、口角から遠慮なく泡を飛ばす程嵩じた云い口にはなっていないのでありましたが、それでも自分の持てる凄みを目一杯利かせて、強い口調にはしているようでありましたけれど。
「そんなに凄まなくても別に良いですよ」
 那間裕子女史は挑発的な物腰で、そんな剣幕なんぞは屁とも思っていないと云うところを見せるのでありました。挑まれるとしおらしくなるどころか余計感情をエスカレートさせて挑み返すと云う那間裕子女史の性向の方に、土師尾常務は先ず配慮すべきであろうと頑治さんは思うのでありました。全くの下手なあしらいと云うべきでありますか。
「まあまあ、二人共落ち着いて」
 社長が間に入るのでありました。「那間君、仮にも会社の常務取締役と云う立場の人に対して、そんな不謹慎なもの云いは良くないよ」
 社長は先ず那間裕子女史を諌めてから土師尾常務の方を向くのでありました。「土師尾君もすぐにカッカとして売り言葉に買い言葉みたいな対応をしないで、常務としてもう少し高いところから話しをした方が、皆の心服を得られるんじゃないかねえ」
「誰も元々、心服する気なんかありませんけど」
 那間裕子女史は、これも万事に対して反発力旺盛なその性格から社長の折角の取り成しをも台無しにしようとするのでありました。社長はこれに思わずムッとしたようでありましたが、今の土師尾常務の態度を諌めた手前ここで怒りを見せるのも示しが付かないと、ぎゅうと堪忍袋の緒を引き絞り、ぎごちない笑みなんぞを浮かべるのでありました。
「まあまあ、そんな風に云わないで」
(続)
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