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あなたのとりこ 388 [あなたのとりこ 13 創作]

「ところで日比君の方の営業は、少しは回復の兆しが見えてきたのだろうか?」
 土師尾常務が日比課長の方に顔を向けて話題を変えるのでありました。急に自分の事に話しが移ったので、日比課長は多少面食らったような表情をするのでありました。
「まあ、見積もりの依頼は少し増えてきたような感触ですかねえ」
「実際にどの得意先からどのような見積もり依頼が来ているんだろう?」
「色んな会社から、色々と。・・・」
 日比課長は暫し云い淀むのでありました。「そうですねえ、一番最近の事では、東西商事から車のディーラーが商談成立した顧客に配る豪華版のロードマップの見積もり依頼がありましたかね。あの商品にしては少し部数多めの見積もり依頼でしたかねえ」
 日比課長の云う東西商事とは、或る大手の自動メーカーの特定のキャンペーン商品とか販促品を専門に扱っている、池袋に本社のある広告代理店でありました。頑治さんも小口商品を納品するために以前に車で訪問した事がある会社でありました。
「豪華版のロードマップと云うのは当然ウチの商品じゃないよね」
「そうですね。全日本地理出版社のやつです」
 全日本地理出版社の豪華版ロードマップと云うのは、贈答社が時々仕入れて、表紙に箔押しで企業の名前入れして売っている商品であります。大判で値段が張るので大量部数捌けると云うような商品ではないのでありましたが、そこそこ堅実な売り上げが見込める人気商品ではありましたか。勿論他社製品でありますから仕入れた価格に数割の儲け分を乗せて売るので、自社製作製品よりは利は薄いのでありますけれど。
「一体何部の見積もり依頼があったのかね?」
「五十部と百部で夫々の見積もりです。ま、ウチで製作している商品ではないから、そのくらいの部数差では殆ど単価は変わらないんですがね」
 この日比課長の言葉の、最初の方の部数を聞いた段階で、土師尾常務は露骨にもう既にがっかりして興味を失った、と云うような表情をするのでありました。然程、起死回生的売り上げを期待出来るような部数なんかでは到底ないとの落胆からでありましょう。
「なあんだ、その程度の数字か」
 土師尾常務は小さく舌打ちするのでありました。「そんな小口じゃ、焼け石に水、と云ったところじゃないか。それはここのところの売り上げ低迷を吹き飛ばすような商売ではないな。他にもっと大量の売り上げにつながるような見積もり依頼とかは無いのか?」
「そう云われてもなあ。・・・」
 日比課長は土師尾常務のその評言で自尊心を甚だ傷つけられたみたいで、顔を顰めて彼の人を睨むのでありました。「だったら常務の方には何かないのですかね、売り上げ低迷を軽く吹き飛ばすような、景気の良い取引の話しは?」
 そう訊かれて土師尾常務は不愉快そうに口を歪めるのでありました。しかし口を歪めるだけで何も云わないところを見ると、これと云って紹介出来る景気の良い取引話しを有してはいないのでありましょう。それでも、ここで口を噤んでいると日比課長に遣り込められた体裁になるので、何か云い返そうと考えを急いで回らしているのでありました。
(続)
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