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あなたのとりこ 387 [あなたのとりこ 13 創作]

「営業車両は会社としては今後購入する心算は無いよ。車を所有すると色々経費もかかるし、その経費に見合うだけの成果が見込めないのに、そんな無駄な出費はしない。また従来の効率の悪い出張営業の形態を繰り返すのは、もう懲り々々だからね」
「ああそうですか。別に、そんなお先走りの説教を頂戴するくらいなら、今の俺の発言は取り消しますよ。ちょっとした話しの接ぎ穂の心算だったんだから」
 袁満さんは小さな舌打ちの後に如何にも不愉快そうに云って、一端土師尾常務の顔を敵意満載の喧嘩腰の目で睨んでから外方を向くのでありました。
「どういう事だ、その舌打ちと不貞腐れたような態度は!」
 土師尾常務が熱り立つのでありました。常務取締役たる自分への敬意が微塵も無い態度だと袁満さんの仕草を取ったようであります。日頃から薄々推察は付いていたものの、袁満さんが自分に対して寸分の敬意すら抱いていないし、心服もしてもいないに違いないと云う一種の強い欲求不満が、ここでも竟、堪え切れずに口から溢れ出て仕舞ったと云う感じでありますか。まあ、袁満さんの方も確かに些か粗野ではありましたけれど。
「まあまあ、そんなに興奮しなくても」
 社長が土師尾常務を宥めるのでありました。「車の件なんかは、今ここでどうこう云わなくてはならない事ではないし、それは後々考えれば良い事で」
 社長がどちらかと云うと袁満さんの味方に付いた風なのが面白くないようで、土師尾常務は不興気な顔を社長に向けるのでありましたが、そんな顔を見せて判らず屋が駄々を捏ねているような印象に取られるのを恐れてか、すぐに眼容の露骨な不満の色を消すのでありました。一応社長に対しては常務としての体裁を気にしているようであります。
「具体的な出張営業形態とかは後に袁満さんと常務がじっくり詰めるとして、当面袁満さんは今迄の仕事を代行してくれそうな会社なり個人なりを探すと云う方針で動くし、その一環として今社長からご紹介いただいた矢目さんと云う方に話しを持って行ってみると云うところで、今日の会議の決定事項としては充分なんじゃないですかねえ」
 頑治さんが云い出しっぺの責任から、そんな総括を述べるのでありました。
「そうね、今日のところは充分だね。方針が見えただけでも俺としては御の字だし」
 袁満さんが頷くのでありました。
「じゃあ、僕の方で矢目君に話しをしてみよう。若し矢目君がこの申し出を受ける気があるようなら、後で土師尾君なり袁満君なりに報告する事にしよう」
「私に云っていただければ結構です。袁満君には私の方から話します」
 土師尾常務が空かさず社長に云うのでありあしたが、袁満さんはこれを、初めは袁満さんの仕事なんかには無関心の上の空だったくせに、社長が乗り気を見せると俄然横から袁満さんと社長との間に顔を差し挟んできて、袁満さんより手前で社長の面前に対しようとする土師尾常務の厚顔無恥な烏滸がましさだと取ったようでありました。
 袁満さんはまたも土師尾常務を、まるで天敵に対するような表情を以って睨むのでありましたが、今度は舌打ちは控えるのでありました。それをグッと堪えて、また土師尾常務につまらない難癖の口実を与える愚を避けたと云ったところでありますか。
(続)
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