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あなたのとりこ 380 [あなたのとりこ 13 創作]

「でも今確かにそう云ったじゃないか」
「いやまあ、それは話しを始めるに当たってのちょっとした冗談ですよ」
 袁満さんはしどろもどろに取り繕うのでありました。
「そんな冗談や前置きは必要ない」
 土師尾常務は不愉快そうに吐き捨てるのでありました。「売り上げが出張に行っていた時と行かなくなってからとでは、どのくらい変化があったのか、それを云えば良い」
 そう窘められて袁満さんはすっかりしらけたと云う顔をするのでありました。
「俺が担当していた北関東の各県とか甲信方面とか、それに中部や関西地方の観光地に関しては、これ迄の付き合いとかあるから、今のところ電話対応でもそんなに極端な注文の落ち込みはありません。電話営業だけではなくその内顔を見せろとかは云われるけど、まあそれでも概ね顔を出していた時と同じ程度取引を継続してくれますよ」
「じゃあ、成績は出張していた時と殆ど変わらないと思って良い訳だね」
「いや勿論、営業に来ないのなら取引は終了すると云われるところもあります。でもそう云うところは比較的新しい得意先とか、元々小規模の取引先でしたから」
「で、結局どうなんだ、成績としては?」
 土師尾常務にそう訊かれて袁満さんは暫し瞑目して、頭の中で注文数の加減をあれこれ計算をする素振りをするのでありました。
「そうですねえ、ま、感触としては十五パーセントくらいの落ち込みと云うところでしょうかねえ。はっきり数字は出していませんが」
 袁満さんはここで声のトーンをグッと低くして、如何にも云いにくそうにものすのでありました。その云いにくそうな素振りから、実際の感触としてはその数字よりももう少し大きい落ち込みがあるのだろうと頑治さんは推察するのでありました。敢えて数字を小さく報告したのは、袁満さんの土師尾常務の剣幕に対する忌憚からでありますか。
「十五パーセントも落ち込んだなら、大変な落ち込みじゃないか!」
 袁満さんの土師尾常務の罵詈に対する備えも虚しく、彼の人は顔を歪めて露骨な顰め面をしてから、如何にも大問題だと云った感じで罵って見せるのでありました。袁満さんは小心そうにオドオドと土師尾常務から目を逸らして首を竦めるのでありました。
「まあ、ちゃんと集計してみなければ、正確なところは判りませんけど。・・・」
「と云うか、この今の段階で集計もしていないのか?」
 土師尾常務は畳みかけようとするのでありました。「会議をやろうと提案してきたのは組合の方じゃないか。それなのにその会議迄に売り上げの資料となる数字も弾いていないと云うのは、一体どういう了見なんだ袁満君は。ものぐさにも程があるだろう」
「今、提案したのは組合、とかおっしゃいましたけど、この会議は労働組合とか経営とか関係ない会社の全体会議の建前ですから、そう云うおっしゃり様はおかしいでしょう」
 均目さんが土師尾常務の文言に噛み付いて見せるのでありました。まあそう噛み付いては見せたものの、どうせ土師尾常務も社長も春闘での団体交渉の延長としてこの会議を認識しているのだろうと云うのは、均目さんも疾うに予想出来た事でありましょうが。
(続)
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