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あなたのとりこ 379 [あなたのとりこ 13 創作]

 出雲さんとしては一日中土師尾営業部長と行動を共にすると云うのも息が詰まると云うのに、お辞儀の仕方とか愛想笑いの方法とかで聞いた風な指導をされたり、ひょっとしたら一緒に昼食を摂っている時に、箸の上げ下ろしに迄も一々なっていないと小言を言われたりするのは、実に以ってまっぴらご免蒙りたいと云った心境でありましょう。しかしながら出雲さんの困厄は内心察しながらも、袁満さんも均目さんも出雲さんへの援助の無さを詰った手前、この土師尾常務の提案に異を唱える訳にはいかないのでありました。
「それが良いでしょうねえ」
 社長が発言するのでありました。「土師尾君が一緒に付いて行って色々指導するなら、出雲君も特注営業の遣り方をしっかり学べると云うものだ」
 出雲さんの心根を慮れば、そんな好都合な話しではなかろうと頑治さんは思うのでありました。袁満さんも均目さんも口には出せないけれど同様の思いでありましょう。
「今週は都合がつかないから、後でスケジュールを調整して、来週の適当な日に僕が出雲君と一緒に営業に回る事にする。出雲君の仕事振りも見る事が出来るから丁度良い」
 土師尾常務は背広の内ポケットから手帳を取り出して、そこに書き込んであるのであろう自分の仕事予定を確認するような真似をして見せるのでありました。その様子を見る出雲さんの頬の辺りには怨嗟の色が波打っているのでありました。
「よろしく指導してやってくださいよ」
 社長は横の土師尾常務に口添えの心算かそう云うのでありました。
「判りかました」
 土師尾常務は社長に対して一つ頷いてから、手帳を閉じてそれを背広の内ポケットに仕舞うのでありました。この場で日取りを決める気が無いのなら、手帳を取り出してそれを尤もらしく繰って見せるのは無意味な行為と云うものでありましょう。
「ところで折角の機会だから、袁満君の仕事の具合も聞いて置こうか」
 土師尾常務は背凭れからゆっくり身を起こして、今度は袁満さんの方に顔を向けるのでありました。「今年になって一度も出張には出ていないけど、どんな感触かな?」
 袁満さんは土師尾常務の、兎にも角にも人を詰る事を目的とした質問の矛先が自分に向いたと思ったようで 言質を取られるようなうっかりした事は云えないと身構えて、不自然にならない程度の間、口籠もって即答をしないのでありました。
「出張に行かないで済むのは、体は楽ですね」
 これは察するに、これから縷々仕事の様子を説明する前の、一種の、まくら、みたいな心算の言葉と云ったところであったかもしれません。しかしそうであったとしても、洒落や冗談の通じる相手かどうかの判断にミスがあったと云うべきでありますか、
 案の定、土師尾常務の鼻の上の黒縁眼鏡が微動して、その上縁の辺りにあった眉根がピリッと寄せられるのでありました。
「袁満君は、楽な仕事になって良かったと、今そう云ったのか?」
「いや、そんな訳ではありませんけど」
 袁満さんは首を横に振りながら狼狽えるのでありました。
(続)
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