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あなたのとりこ 378 [あなたのとりこ 13 創作]

「何だその云い草は!」
 土師尾常務はいきり立つのでありました。
「云い草の問題にすり替えないでくださいよ」
 均目さんは相手にしないような素振りで返すのでありました。しかし目は土師尾常務の目に据えた儘で全く微動もさせないのでありました。土師尾常務の一種の演技として逆上して見せる様子には、何らたじろがないところを確と表明するためでありましょう。
「均目君、そんなに喧嘩腰にならないでも良いだろう」
 社長が取り成そうとするのでありました
「こちらは終始冷静で、思った事を淡々と喋っているだけで興奮なんかしていませんよ。寧ろ土師尾常務の方が急にエキサイトしたんじゃないですか。まあ、そうして見せると俺が怯んで、口を噤むとでも考えて態とそうして見せているのかも知れませんけど」
 均目さんは至って静かな語調で、冷笑なんかも浮かべもしない無表情で、及び腰にも喧嘩腰にもならないところを見せるのでありました。
 胆力と云うところでは、土師尾常務よりは均目さんの方が上手でありましょうか。若しくは均目さんが然程の豪胆者でないとしても、土師尾常務が自分よりは小心者である事を、これ迄の観察から読み切っているのでありましょう。
 土師尾常務なんと云う御仁は、先ずは方法的に怒って見せて、それで予想に反して相手が全然怯まないとなると、元々次の一手が用意されていないものだから、今度は自分の方が逆にオロオロして仕舞うと云うところがあるのでありました。自分の怒り顔が絶大なる迫力を有しているとでも、お目出度く勘違いしているのでありましょうか。
 頑治さんすらそれを読んでいるのでありますから、況や頑治さんより付き合いの長い均目さんは勿論疾うに承知、と云うところであります。どだい髭の薄そうなツルっとしたその童顔やら、自信たっぷりな物腰でいながら、そういう時に限って何時も自信無さそうに微動する眼鏡の奥の目やら、華奢と云う方が当たっているような、威圧感とか迫力とかのまるで感じられない体躯とか、何かと一目置かれる要素が不足している人であります。
 この時も均目さんにじっと目を合わせられているのが相当に苦痛らしく、気後れのために眼球が微動しているのが頑治さんにも良く判るのでありました。しかし典型的な意気地無しである一方でプライドが高くて執念深い仁でもありますから、この屈辱を晴らすために後々均目さんに対する陰湿な報復を屹度秘かに決意しているのでありましょう。

 土師尾常務は仕切り直しの心算か咳払いを一つして背凭れに身を引いて、均目さんとのにらめっこから遁走する気配を見せるのでありました。
「それなら近い内に、僕が出雲君と一緒に営業に回ってみよう」
 これが土師尾常務の出雲さんへの指導の具体的方策のようでありました。そこで特注営業のノウハウを直接伝授してやろうと云う事でありましょうか。まあ、自ら出雲さんをフォローしようと云う所存は評価に値すると云うものでありますが、しかしこの降って湧いたような土師尾常務の提案には、出雲さんが露骨に嫌な顔をするのでありました。
(続)
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