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あなたのとりこ 376 [あなたのとりこ 13 創作]

「ああ、多分そうですね。その数字で先方に見積書を送りましたから」
 出雲さんは何度か頷くのでありました。
「先方に商品説明はちゃんとしたんだろうね?」
 土師尾常務が出雲さんに聞くのでありました。恐らく土師尾常務の狙いとしては、出雲さんに無理を課して窮地に追い詰める魂胆だったのでありましょうが、どうした按配か出雲さんの仕事に乗って来た会社があると聞いて、ひょっとしたら、等と少しここで当初の目論見をうっかり失念して、妙な色気なんぞを出してみたのでありましょうか。
「いやあ、カタログに載っている商品で、今迄の出張営業で扱っていた物はなんとか商品説明みたいな事は喋れたんですが、特注営業の方に限られた商品に関しては、自分の知識不足もあって、いろんな点であんまり捗々しくは説明出来ませんでしたねえ」
「その、説明出来なかった点、と云うのは?」
 日比課長が出雲さんの顔を覗き込むようにして訊くのでありました。
「今迄の評判とか、出荷実績とか、それに商品そのものの特性とか、まあ、色々・・・」
「向こうに訊かれて、口籠もったと云う感じかな?」
「まあ、そうですね、」
 出雲さんは申し訳なさそうに笑んで見せるのでありました。
「そう云う事を予めちゃんと日比君に聞いたりして、勉強していかなかったのか?」
 予想通り盆暗な営業をして仕舞ったんだなと云う非難が、土師尾常務のこの言葉に籠るのでありました。竟、妙な色気なんぞ出して損した、と云うところでありましょうか。
 出雲さんは恐懼の態で俯くのみでありました。出雲さんとしてはそう云われれば、幾ら気乗りのしない仕事ではあるとしても、自分の新たに割り振られた仕事に対する不勉強と無関心と怠慢に関して、弁解する余地も無いと云ったところでありましょうか。
 しかし出雲さんが全く経験した事の無い特注営業の仕事でありますから、そう云う迂闊がある事こそ予め想像出来ると云うもので、そこを前以て入念にフォローするのは、直接の上司たる日比課長ばかりではなく、そんな営業形態を出任せにでも考え出して出雲さんに割り振った、当の土師尾常務の務めでもあったであろうと頑治さんは思うのでありました。ここで非難されるべきは寧ろ土師尾常務のものぐさではないでありましょうか。
「先方に何を質問されてもあたふたしないための、自分のこれからやる仕事に対する基本的な勉強すらないがしろにして、それで無邪気にのほほんと、日比君や僕の目に映る姿だけを繕うようにしながら今迄営業に出ていたと云う事か、出雲君は?」
 土師尾常務が出雲さんを追い詰めようとするのでありました。
「そんな云い方はないでしょう」
 袁満さんが声を尖らすのでありました。「出雲君は今迄やった事の無い全く初めての営業を、当初の計画にあった日比さんと二人で、と云う条件も叶えられないで、まるで放り出されるようにいきなり担当させられているんですから、後でそんな取って付けたような詰り方をするのは間尺に合わない酷い遣り口と云うものですよ。それを云うならば常務の無指導振りとか冷淡とか、フォローの無さ加減は何も問題にならないのですかね」
(続)
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