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あなたのとりこ 371 [あなたのとりこ 13 創作]

 土師尾営業部長は眉根を寄せるのでありました。袁満さんに依ればその目にはたじろいだような色が浮かんだと云う事であります。例に依って会議の件は片久那制作部長にすっかりお任せの心算でいたのでありましょうから、その怯みも宜なる哉でありますか。
 これも後に聞いた袁満さんの言に依るのでありますが、土師尾常務はすぐに片久那制作部長の家に電話を入れたのでありました。勿論片久那制作部長に全体会議の件で指示を仰ごうとしての事でありました。しかし電話の様子では、発熱のために不機嫌になっているであろう片久那制作部長に、自分の器量で適当に切り抜けろとか返されてけんもほろろにあしらわれたようで、困じた顔をして受話器を架台に戻したのでありました。
 こうなるとどうして良いものやらさっぱり見当も付かず、暫し自分の机で椅子の背凭れに身を預けて腕組みして考えを回らせていたのでありましたが、ふと何やら方策を思い付いたのか事務所を出て行ったのでありました。自分ではどうにもこうにも手に負えないから、ここは屹度社長に応援を依頼しに行ったのでありましょう。
 この袁満さんの推察は見事に御明算と云う事で、夕方五時を回った頃に珍しく社長が事務所に上がって来るのでありました。
「これから全体会議と云う事のようだから、僕も参加するから」
 社長は入り口を入って最初に顔を見合わせた袁満さんにそう告げるのでありました。そんな事は聞いていないと不審そうな表情の袁満さんと社長の間に割って入るように、土師尾常務が社長を迎えるためにそそくさと小走りして来るのでありました。
「どうも急なお話しで申し訳ありません」
 土師尾常務は袁満さんに背を向けて社長に二度程お辞儀するのでありました。「本来は社長にご出席いただく程の会議ではないのですが、片久那の方が風邪のため急に会社を休んだもので、私一人だと色々行き届かないところもあるかも知れませんから、お忙しいとは思いましたが社長にもご出席をお願いした次第です」
 土師尾常務はとっくに社長とはそう云う経緯も何も話しが付いている筈であろうに、袁満さんに聞かせるためなのか態々その辺りをなぞって見せるのでありました。
「いや何、会社の会議には無精がらずにら、僕も出来るだけ参加する心算でいたから」
 社長は土師尾常務の顔の前で掌を横にひらひらと振って見せるのでありました。
「慎に恐縮です」
 土師尾常務はまたもや二度ぺこぺこと社長に向かって頭を下げるのでありました。
「僕が出席しても、組合の方でも勿論大丈夫だよね?」
 社長が土師尾常務の肩越しに袁満さんに視線を投げるのでありました。
「ええまあ、それはもう、・・・」
 そう断りを入れられて袁満さんは少ししどろもどろになったのでありました。「別に労働問題の会議とかじゃないし、組合とは無関係な会議ですから」
 咄嗟にそう応えはしたものの、一方で袁満さんは社長の全体会議への出席をうっかり独断で受け入れた事に、これは自分の勇み足ではないかと云う悔いを、事後ながら感じたようでありました。まあしかし、状況からこれは仕方無いでありましょう。
(続)
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