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あなたのとりこ 350 [あなたのとりこ 12 創作]

 と頑治さんは一応考えるのでありましたが、先ずそれは無いもの強請りと云うものでありましょう。土師尾営業部長の口から零れ落ちる提案なんと云うものは、誰でも考え付きそうなものばかりで、しかも自分は何もしないで人に無理を押し付ける類のものばかりなのでありました。第一、部下の粗探しが人の上に立つ者の第一番目の仕事と心得ているらしく、提案、なんと云う仕事があるとは露程も考えていないような風でありましたし。
 一時間程で、出雲さんは土師尾常務のお小言からようやく解放された模様で、社に戻って来るのでありました。尤もその時頑治さんは倉庫で仕事をしていて、戻った出雲さんが一時間を少し過ぎた頃合いで倉庫に現れたものだからそう推測したのでありました。
「上で片久那制作部長が呼んでいますよ」
 出雲さんは頑治さんがその時していた梱包作業を自分が代わろうとする心算で、結束バンドを金具締めする工具を手に持つのでありました。
「じゃあ、後の梱包は出雲さんが代わってくれるのですね?」
「そうっスね。俺が代わります」
「じゃあ、八個口の荷物の内五個まで完了しましたから後の三個を頼みます。発送伝票は未だ書いていませんからそれもよろしくお願いします」
 頑治さんは発送指示書を出雲さんに手渡すのでありました。出雲さんはそれを受け取ってざっと目を通してから六個目の荷物を作業台の上に載せるのでありました。
「土師尾常務とは何の話しだったんですか?」
 頑治さんは特に聞きたそうな風ではなく、至ってさり気なく問うのでありました。
「何でも地方特注営業と云う仕事を、俺一人で明日からやれと云う事らしいっスよ」
「ふううん、日比課長がなかなかそちらに回れないから、ですかね?」
「そうっスね。俺一人じゃ小難しい商談とか出来る訳がないけど」
「今迄全く経験が無いから、それはそうですかね」
「土師尾常務の肚としては、暗中模索で良いから日帰り出来る関東圏の地方都市に兎に角出掛けて行って、飛び込みの特注営業をさせられるようです。まあ、到底俺では頼りにならないだろうと云う見込みのようで、当面成果は期待しないと云う話しっスかねえ」
「ふうん、そうですか。・・・」
 頑治さんは出雲さんから目を逸らして中空に視線を馳せるのでありました。「ところで出雲さんは特注営業の方の商品ラインアップを、ちゃんと掌握しているんですか?」
「まあ、大雑把には判るけど、すっかり全部とはいかないっスけどね」
 出雲さんは自信なさそうに首を何度か横に振るのでありました。
「地図関連なら、地学出版社で出している日本地図帖とか世界地図帖とか、或いはペーパークラフトの地図入りカレンダーとか、その辺は知っていますよね?」
「ああ、それは知っていますよ、当然」
「それじゃあ、生活便利社から出ているポケット便利帳セットとかは?」
「ええと、名前は聞いた事があるけど、それは?」
 出雲さんは及び腰で小首を傾げて見せるのでありました。
(続)
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