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あなたのとりこ 347 [あなたのとりこ 12 創作]

「じゃあ、呑気と云うのか、天真爛漫に他人の心根に関心が無いだと云う事かな」
「或る意味、そう云う事だね」
「一方では自分を実像よりも大きく見せたいとか、自分に対する他人の目は矢鱈と気にしていると云うのに、他人の心根そのものに対しては無関心なのかい?」
「あの人は他人の目を気にしていると云っても、分析的に気にしているのではなくて、ただ、大して立派でもない自分の実像を立派に見せたいと云う欲求の上で懸念しているだけだしねえ。人の心の機微にはさっぱり通じてはいないし、通じたいと云う気も無いだろう。そんな人間への関心ではなく、要するに自分の見てくれへの関心だけなんだから」
 均目さんは冷笑を浮かべるのでありました。
「それにしても、あの人は曲がりなりにも坊主なんだろう。仏教はあれこれ小難しい教義や建前はあるとしても、つまるところこの世の人間の心の救済を目的にしているんだし、他者への関心が薄い儘ではそんな高邁な目的は達せられないと思うけどねえ」
 頑治さんは会話上そんな初歩的な理屈を並べながら、あの土師尾常務なんと云う人はそう云う哲理の人ではなく、単に仏教的な形式とか体裁とか雰囲気とかに無上の憧れを感じているだけの、或いはそう云う雰囲気を様々な場面で功利的に利用しているだけの、紛い物坊主である事は既に明白になっているか、とも考えるのでありました。
「あの生臭坊主に、そんな哲理とか仏教的理想がほんの髪の毛の先程でもあると、まさか唐目君は本気で思っているんじゃないだろう?」
 云わんこっちゃなく、均目さんにそう突っ込まれると、頑治さんとしては決まり悪そうに無声で表情だけで笑って見せるしかないのでありました。
「そんな面倒臭い事は良いとして、・・・」
 那間裕子女史が頑治さんと均目さんの遣り取りを如何にも胡散臭そうに横に打遣って、話しの舳先を元の方向に戻そうとするのでありました。「役員になって早速、遣りたい放題に直行直帰、と云うより狡賢い仕事サボりを繰り返して、何の良心の呵責も感じないあの薄ら鈍感に、何か報復する方法は無いものかしらねえ」
「さっきも云ったけど、役員なんですから従業員と同じ就業時間に縛られて仕事をしなくても構わないんだと開き直られたら、結局それで終わりじゃないですか。まあ、こちらの感情が収まらないとしても、理屈上はそれ以上に責める道理がこちらには無いし」
 頑治さんが那間裕子女史の怒りに水を差すのでありました。
「あんな質の悪いチンピラ役員に小賢しく立ち回られると云う事態だけでも、あたしはもうハラワタが煮えくり返るような心地がしているわ」
「要するに、あんな低俗なヤツが、あろう事か那間さんをさて置いて、堂々とのさばっているのが無性に気に入らないと云う事ね」
 均目さんが少しの、或いはかなり多めの揶揄を込めて云うのでありました。
「何それ。感じの悪い云い方ね」
 那間裕子女史の怒りが土師尾常務から均目さんに移ろうとするのでありました。
「気持ちは、俺も均目君も、那間さんと同じですよ」
(続)
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