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あなたのとりこ 344 [あなたのとりこ 12 創作]

 まあしかし、制作部から特注営業の仕事にコンバートしようとした山尾主任が会社を電撃的に辞めて仕舞ったのでありましたから、その煽りで日比課長の危機も少し変容したと考えるのもあながち不自然な推考ではないでありましょうか。山尾主任が会社から居なくなった以上、日比課長は当面は特注営業に欠かせない人材でありますし、ここで日比課長迄抜けて仕舞えば、土師尾営業部長は楽が出来なくなる訳でありますし。
 しかし出雲さんの方は、こちらは依然として危機の度合いは減少してはいないと考えられるのでありました。恐らく以前同様の地方出張営業の方に出雲さんを戻そうと云う考えは、土師尾営業部長には端から無いでありましょう。
 いやいやそればかりではなく、頑治さんは均目さんと那間裕子女史との三人での、あの新宿の洋風居酒屋の酒席では敢えて口にするのは控えたのでありましたが、地方出張営業と云う仕事自体を土師尾営業部長は近い将来切り捨てる心算でいるのかも知れません、またそれは、片久那制作部長も社長も実はもう承知している目論見なのかも知れません。
 となると出雲さんばかりではなく、その仕事を一人で担って算段せよと申しつけられた袁満さんの危機も、次の段階のものとして当然考えておかなければならない事項でありましょう。土師尾営業部長の地方出張営業を軽視する態度は結構あからさまでありますし、社長や片久那制作部長の秘かな承認があるとすれば、彼の人は必ずそれに手を付けるでありましょう。それも軋轢と憎悪を増大させるような如何にも下手な遣り口で。

 役員となった土師尾営業部長の呼称は、土師尾常務、となるのでありました。片久那制作部長は取締役制作部長と云う肩書きでありますから、こちらは従来通りの、片久那制作部長、の儘でありました。ちなみに彼の人を、土師尾常務、と呼べと、やんわりとした口調ではあっても厳に制作部の中で嗾けたのは片久那制作部長でありました。
 これは役員となった彼の人を今迄にも況して前に立てておいて、従来通り自分はその後ろに身を潜めて、しかし実はこれも前にも況して、陰の頭目たる威光を全く意図しない体裁で以ってより強く発光させるための策術であろう、と云うのは均目さんの頑治さんに語った解説でありました。まあ、片久那制作部長にとってはその方が、社長を相手にするのも二番手でいられるし、あれこれ面倒が少ないと云う前乍の魂胆なのでありましょう。
 片久那制作部長を筆頭に那間裕子女史と均目さん、それに頑治さんが当初はぎごちない風情ながらも彼の人をそう呼ぶものだから、営業部の方にもそれが次第に染みるのでありました。公的な場或いは私的な場に於いても、立場の上の人をその人の関係属性たる役職名で呼ぶのは、古より連綿と続く扶桑の習慣であります。これはその方が名前をダイレクトに呼ぶよりはそこはかとなく一歩引いた態度を表せるし、波風が穏やかで且つ大いに簡便であり無難であると云う一種の消極的英知の為せるところでありましょうか。
 とまれ、彼の人はそう呼ばれる事が満更でもないような風でありましたか。敬われているのだと、呼ばれた人を心地良くさせると云う役職名呼称のもう一つの便利が、見事に的中したと云う按配でありましょう。まあそれが、好い気な勘違いに属する場合が往々にしてあると云うのはこの際ここでは脇に置いておくと云う事にして、でありますが。
(続)
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