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あなたのとりこ 343 [あなたのとりこ 12 創作]

 均目さんがそう云いながら日比課長の説得に加わるのでありました。
「その片久那さんも、全幅の信頼を置けると云う訳じゃないわよ」
 那間裕子女史はそう云いながら横目で頑治さんの顔を見るのでありました。これは何時だったか、組合が正式に結成される前に、確か新宿の洋風居酒屋で那間裕子女史と均目さんと頑治さんの三人で飲んだ時に話題に上った、片久那制作部長と土師尾営業部長の魂胆は、実は日比課長と出雲さんに会社を辞めさせる口実として、業態と人事の改変を持ち出したに違いないと云う話しを踏まえた上で、でありましょうか。
 その折には最初、今はもう居ない山尾主任と出雲さんを辞めさせようと云う裏の企図を疑ったのでありました。しかし頑治さんが人件費の削減と云うところから考えると、実は日比課長と出雲さんと云う二人の二番手がターゲットなのではないかと云い出して、那間裕子女史も均目さんも、ああ成程とそれに納得したのでありましたか。
 頑治さんはそれを思い出してそれとなく出雲さんの方に視線を向けるのでありました。出雲さんは、全くこれは日比課長だけの危険だとのんびり考えているようで、まさか自分にも両部長の触手が伸びてこようとしていたとは考えだにしていないような風情でありました。まあ、出雲さんの人の好さからして無理からぬ事かも知れませんが。
「片久那制作部長も、いざとなったら自分の身が第一番だろうから、案外平気で見殺しにするか、場合に依っては自分から日比課長を切り捨てようとするかも知れませんよ」
 均目さんがそう云いながら、矢張り頑治さんの方に横目を呉れるのでありました。
「そうなったらそうなったで、俺はさっさと次の就職先を考えるだけだよ」
 日比課長は笑いながら云って、両部長の目論見を歯牙にもかけないような事を嘯くのでありました。これはどうやら自分の解雇と云う危険に対して、全くリアリティーを感じていないと云う事でありましょう。往々にして目前の危機に鈍い様子なんと云うものは、呆気ない程の脆さを懸念させる有力な兆候と云えるでありましょうから、頑治さんはこの日比課長の振る舞いに何とはなしに一種の遣る瀬無い感情を抱くのでありました。
 しかしこう嘯いて一向に自分や那間裕子女史の忠告を本気で聞こうとしない様子の日比課長の頑なさに、均目さんは些かげんなりと云う表情をして見せるのでありました。那間裕子女史も、そう云う態度であるのなら後はどうなってももう知らないと云った風に冷ややかに沈黙して、もうそれ以上の説得は控えるのでありました。
 出雲さんは組合員であるから一先ずその身は安全だと思われるのでありますが、しかし今次の甲斐計子女史への社長の横暴に対して、実質として組合はオロオロとはしてもアクションは何も起こせなかったのでありました。実際に働いたのは片久那制作部長であり、片久那制作部長が迅速に社長と談判して一人ですっかり処置したのでありました。
 そうであるなら、組合の真価は今次発揮されなかった訳であります。従業員の危機に際して組合が大いに頼りになるのかどうかは、実は未だ確とは証明されなかったのであります。となれば出雲さんに降り掛かるかも知れない危機は、組合員だからと云う事を以って盤石たる安心を保証されるものではないと云う事でありますか。出雲さんはその事を知ってか知らでか、無邪気そうな表情で焼き鳥の串に手を伸ばしているのでありました。
(続)
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