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あなたのとりこ 324 [あなたのとりこ 11 創作]

 こういう場合では大概頑治さんが酌の手を伸ばすのでありましたが、うっかりして仕舞ったと頑治さんは反省するのでありました。だから那間裕子女史の猪口が空くと今度は空かさず両手で持った徳利を女史の方に差し向けるのでありました、
「甲斐さんは俺以上に、組合に入るのは抵抗があるんじゃないかな」
 日比課長がそう云って猪口を空けたので、頑治さんは那間裕子女史の猪口に差したその流れで、すぐに今度は日比課長の方に徳利を翳して見せるのでありました。
「どうして?」
 袁満さんが訊くのでありました。
「甲斐さんはそう云うのには今迄全く縁遠かったし、ストとかデモとかに対して生理的な嫌悪感と云うのか、アレルギーがあるみたいだしなあ」
「そう云えば鉄道とかバスのストライキがあった時なんか、如何にも迷惑そうに労働組合の事をすっかり悪者扱いして口汚く罵っていたっスからねえ」
 出雲さんがそんな事を云って笑いながら頷くのでありました。「俺なんかはストがあるとか聞くと、何とはなしにウキウキしたりする方ですから。公然と会社に遅れて行っても構わないし、ひょっとしたら欠勤してもお咎め無しっスからねえ」
「そのへんによく居る不良社員の考えだな、それは」
 袁満さんが咎めるような口振りで云うのでありました。「ま、気持ちは判るけどね」
「甲斐さんは、まあ確かに、組合に誘うのは妙な憚りを感じて仕舞うなあ。何となくあの人のキャラクターと組合と云うものが上手く結びつかない感じだし」
 均目さんが話しを甲斐計子女史の事に戻すのでありました。
「若い演歌歌手の追っかけをしているんだろう、甲斐さんは」
 日比課長が時々テレビの音楽番組やバラエティー番組に出て来る或る歌手の名前を出すのでありましたが、袁満さん以外は、その話しは初めて聞いた、と云うような顔をするのでありました。袁満さんは前に日比課長から聞いていたか、それとも甲斐計子女史本人から直接聞いたか、その件は疾うに知っていると云うような素振りでありました。
「ああ、どちらかと云うと若い女性よりは、主婦とか一定以上の年齢の女性に熱烈な人気のあるあの歌手ね。あたしなんか、何だかそう云う層に巧妙に阿ているのが、嫌に気持ち悪いと思って仕舞うけどね。ま、第一あたしは演歌なんか全く聴かないし」
 那間裕子女史がその歌手当人に対してか、それとも甲斐計子女史を含むその歌手を取り巻いて大騒ぎするファン連中に対してか、多少の軽侮を込めて云うのでありました。
「甲斐さんはジャスボーカルやっているから、アイツの歌は下らないと思うかな?」
 日比課長がそう云う事を云う那間裕子女史の、一種の高尚気取りを皮肉るような感じを、ほんの少し言葉の尻に交えて訊くのでありました。
「別にジャスボーカルは関係ないわ」
 那間裕子女史はそんな日比課長の云い草に不愉快を覚えたようで、そっぽを向きながらぞんざいに冷えた口調で返すのでありました。日比課長は那間裕子女史の不興を買った事に、そうと判っていながら云ったくせに、少しの狼狽を見せるのでありました。
(続)
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