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あなたのとりこ 313 [あなたのとりこ 11 創作]

 まあしかし、昨年暮れからのすったもんだを考えれば、勝利宣言をしても良い春闘の結果であろうと組合員の皆は考えるのでありました。賃上げも人に依っては例年以上の額をかち取ったし、夏の一時金も一応の納得が出来るだけの割数は確保した事になったのでありますから。何より全従業員に適用される明快な年齢別賃金の体系が確立された事と、全総連小規模単組連合贈答社分会、と云う長々しい名前の自分達の労働組合が、社内で唯一労働条件交渉を行える労働組合だと経営に認めさせた点は大きいでありましょうか。
 社長にも土師尾営業部長にも大いに吠え面をかかせ得たし、二人をあたふたと慌てふためかせ得たでありましょうから、日頃溜め込んでいた鬱憤を大いに晴らしたと云う態でもありますか。何もしないし何も出来ない怠け者で無能な衆と片久那制作部長に見做されていたであろうところが、なかなかそうでもなくてやる時はちゃんとやるべき事をやる連中だと認識を改めさせたであろう点も、なかなか痛快であったと云うべきであります。
 贈答社の労働組合員は気分良くこの春闘を終えたと云う事になるのでありましたが、しかし全総連加盟の他の労働組合は未だ闘争継続中のところも残っているので、この後はそちらの社前集会やらデモやら緊急報告会等の応援に駆り出されるのでありました。面倒でそれ程気乗りもしないのではあましたが、全総連と云う上部組織の恩恵も充分感じていたし、浮世の義理もある事だし、これは致し方無い務めと云うものでありましょう。
 それに会社の中の仕事配置の面で、ここに於いてまた動きがあるのでありました。と云っても、一月の初出社の時のような電撃的で物々しく、慎に騒々しい全社員会議が催されたのではなく、制作部と営業部で個別にちょっとした打ち合わせ会議のような体裁で、土師尾営業部長と片久那制作部長の方からサラッと発表されたのでありました。
 頑治さんはその両方に出席しなければならないかと考えるのでありましたが、片久那制作部長の命で制作部の方にのみ顔を出せとの指示があるのでありまいた。経理の甲斐計子女史は今次の議題には特段関係が無いからと、両方の出席を免れるのでありました。
 山尾主任が唐突に会社を辞めた事で、社の柱たる特注営業配置の人員が土師尾営業部長一人になるのは如何にも不都合であるから、新たに立ち上げようとした地方特注営業の仕事は一時休止と云う事とし、日比課長は元の都内近郊の特注営業に暫く専念して貰うと云う決定は、まあ、当然考えられる配置戻りであろうと思われるのでありました。しかし出雲さんは将来展開予定の地方特注営業を視野に入れて、元の地方出張営業に戻る事なく、日比課長の下で特注営業の仕事を習得するべく励むと云う事になるのでありました。
 依って袁満さんは今次は変更なく、一月以来その儘一人で、命を受けた新たな地上出張営業の形態を模索すると云う仕事を続ける事になるのでありました。袁満さんは出雲さんが出張営業に復帰して前のように二人で日本全国を分担して、呑気と云えば呑気な営業仕事に戻る事を願ったようでありましたが、なかなかそうは問屋が卸さなかったのであります。出張の売り上げがじり貧であるからにはこの不本意は仕方無いでありましょうか。
「そう云う訳で、営業はまた変わるが、制作の方は一月以来特に変更はない」
 片久那制作部長はライトテーブルの三辺に一人ずつ立っている那間裕子と均目さん、それに頑治さんに向かって無表情に無抑揚な声で告げるのでありました。
(続)
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