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あなたのとりこ 288 [あなたのとりこ 10 創作]

「どんな回答が出て来るかしらね」
 那間裕子女史が土師尾営業部長に対する個人攻撃から話しを逸らすのでありました。
「錬りに錬った要求なんだから、満額回答しかないんじゃないかな」
 袁満さんが楽観的な観測を披露するのでありました。
「それはないわね」
 那間裕子女史が即座に否定するのでありました。
「そうですね。一種の意趣返しをする心算もあるだろうから、すっかり要求通りとはいかないだろうな。色々あれやこれやと捻ってくるに違いない」
 均目さんも同調するのでありました。
「でも大体のトーンとしては丸呑みするしかないんじゃないかなあ」
 袁満さんはあくまで楽観的なのでありました。
「片久那制作部長の事だから、確かに体系としてはちゃんとしたものを出すでしょうね。でも金額とかは屹度渋いんじゃないですかねえ。前提として業績不振があるから」
「でもまあ、すっきりした公明正大な体系が出てくれば、先ずは良しとしなければならないんじゃないかしら。金額は今後妥結迄の何回かの交渉次第だとしても」
 これは那間裕子女史が先程の分室での総括でも披露した考えでありました。
「その公明正大な体系に自分達の賃金も縛られる訳だから、金額も自分達の納得出来る線まで屹度上げて来ると思うけどなあ」
「いや、基本給はグッと押さえてくるでしょうね。その代り役職手当を大幅に増額するかも知れない。残業代とか一時金の算定は基準内賃金が元だし、要求でも基準内は基本給プラス役職手当とこっちで要求書に明記したんだから、それを最大活用するでしょう」
「でも、一見しただけで自分達だけに有利で他の従業員には不利な、或いは大して恩恵も無いような、露骨に手前勝手な体系を出してくるかなあ」
 頑治さんが会話に加わるのでありました。「そんな事をしたら、話し合いが益々紛糾するだけだと云うのは、幾ら何でも向こうも判るでしょう」
「社長と土師尾営業部長の二人で作るとしたら、そう云う、単に仕返し目的の如何にも下劣な回答書も出て来るかも知れないけど、でも結局、片久那制作部長が主に考えるんだろうし、そうならそんなに滅多なものは出してこないんじゃないかな」
 均目さんが例に依って片久那制作部長への信頼を披歴するのでありました。片久那制作部長の事を時に、冷酷であるとか他人への配慮に欠ける面があると批判する事もあるけれど、基調に於いて均目さんはなかなかに信頼を置いているようであります。
「社長も土師尾さんも根が小心者だから、バックに控えている全総連の存在に及び腰になって、態と大袈裟に事を構えて交渉を長引かせる戦術は採らないでしょうね。第一そんなに根性も座っていないし深慮遠謀の人でもないし。小心者は大体に於いてこう云う煩わしい陰鬱な事態は、少し損をしてでもなるだけ早く円満に収拾したいと先ず考えるものよ。でもそれだからと云って、満額回答とか丸呑みとか云うのは絶対ないわよ、袁満君」
 那間裕子女史は袁満さんを指差して、クールに釘を刺すのでありました。
(続)
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