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あなたのとりこ 280 [あなたのとりこ 10 創作]

 さて、要求提出日当日の布陣は、団体交渉の席に着くのが袁満さんと那間裕子女史、それから均目さんと出雲さんの四人で、そこに全総連から横瀬氏と来見尾氏が加わるのでありました。頑治さんは派江貫氏と共に社前集会の方に回って、当該組合として街宣車の上から夫々の組合員が持参した赤い組合旗や幟のはためくのを見下ろしてして、決意表明及び参集してくれた人への謝辞を一席打つ事になるのでありました。これは、頑治さんより年季の古い四人が団交の席に臨み、一番新米の頑治さんが外の集会の方に回ると云う、何だか判るような良く判らないような袁満さんの提案になる理由に依るのでありました。
 四人は打ち合わせ通り午前十一時を以って全員が揃って自席を立ち事務所を出るのでありました。頑治さんは予め倉庫に居て派江貫氏と共に十一時十五分からの集合の差配を受け持つ予定でありましたが、件の打ち合わせ通り十一時少し前に一階の駐車場の前に横瀬氏と来見尾氏、それに派江貫氏の姿を認めると、急いで倉庫から飛び出してその前に参じるのでありました。横瀬氏が頑治さんに片手を挙げて見せるのでありました。
「社長は今現在ちゃんと社長室に居るんだよね」
 横瀬氏が確認のため頑治さんに訊くのでありました。
「ええ。社長の車がそこにありますから」
 頑治さんが駐車場内の白いクラウンを指差すと、横瀬氏は予定が按配良く進んでいる事に満足するような頷きを頑治さんに返すのでありました。
 そこにタイミング良く三階から出雲さんが階段を駆け下りて来て、外に待機している三氏と頑治さんに、二階の社長室前では準備万端整っていると告げるのでありました。出雲さんはもう来ている筈の横瀬氏と来見尾氏を呼びに駆け降りて来たのでありましょう。
 三氏は上着のポケットから、全総連、と赤地に白抜きで文字が染め抜かれた腕章を取り出して腕に嵌めるのでありました。出雲さんはもう既に腕章を付けているのでありましたから、頑治さんも慌ててズボンのポケットから腕章を取り出すのでありました。
 横瀬氏と来見尾氏が出雲さんと一緒に上に消えるのを見送って、派江貫氏は眼鏡の蔓に手を添えながら腕時計に目を遣るのでありました。それから文字盤を睨みながらきっかり五分待って顔を上げると、後方の道角に手を上げてサインを送るのでありました。そこには全総連関係の人間が待機していて派江貫氏の合図を確認すると、こちらからは見えない角のビル陰辺りに派江貫氏と同じような片手のサインを送るのでありました。
 ビル陰から街宣車が表れるのでありました。その後に続いて赤や青色の何某労働組合とか全総連とか、小規模単組連合等の文字が白で染め抜かれた旗や幟を担いだ、総勢百人程の動員された集会応援の一団が不揃いな行列で続いているのでありました。
「予めの話しでは応援動員は五十人前後、と云う事でしたが?」
 頑治さんが横の派江貫氏に気後れの物腰で話し掛けるのでありました。
「多い方がこっちの意気込みを経営に見せつけられるだろう」
 派江貫氏はほくそ笑むのでありました。「全総連の一斉要求提出日にこれだけの人数を動員するには、結構あれこれ骨が折れたけどな」
 派江貫氏はそれとなく恩を着せるような云い方をするのでありました。
(続)
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