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あなたのとりこ 279 [あなたのとりこ 10 創作]

「ふうん、そうスか」
 出雲さんは何となく均目さんの云っていることがピンとこない様子でありました。
「経営の方もすっかり一枚岩と云う訳じゃないって事さ」
「片久那制作部長は土師尾営業部長をどう思っているんスかねえ」
「苦々しく思っているだろうよ」
 均目さんは自分も苦々しそうな表情をして見せるのでありました。
「でも無関心そうで、別に何も注意したりしないっスよねえ」
「注意をしても注意し甲斐のある人でもなし、出来るだけ口を利きたくないんだろう。それに営業部の事は自分は知った事じゃないと云う投げ遣りもあるかな」
「じゃあ、土師尾営業部長を遣り込める時には、片久那制作部長もこっちの味方になってくれる場合もあると云う事っスかねえ」
「それは判らないな。まあ、面白がって、少なくとも邪魔はしないかも知れないけど」
「ああそうっスか。そう云う場が早く来ないかと今からワクワクっスよ」
 出雲さんは未だ来てもいないその場面を想像して痛快そうに笑うのでありました。普段はあんまり誰に対しても逆らわない風にしているけれど、出雲さんも土師尾営業部長が自業自得で窮地に立たされる事を秘かに心待ちにしているようでありました。

 要求提出は三月初旬の全総連一斉要求提出日と同日となるのでありました。少し前倒しした方が社前集会に動員出来る人数が増えるかも知れない、と云う意見もあったのでありましたが、同日でもほぼ五十人規模で動員が可能であり、街宣車も繰り出せると云う横瀬氏の確約もあって、同じ日の要求提出及び組合結成公然化と決したのでありました。
 この間、要求提出日に合わせて要求書、労働組合結成通告書等の清書やら結成総会用の垂れ幕や取り敢えずのお手製の組合旗作り、それから会社関連では従業員だけの山尾主任の送別会やら、あれこれ結構目まぐるしく立ち働かなければならないのでありました。頑治さんが、拙いながらもレタリングの腕があると云うので、垂れ幕と組合旗作りを担当するのでありました。会社側に提出する要求書と労働組合結成通告書は、綺麗と云うよりは読みやすい字を書くと云うので那間裕子女史が作成するのでありました。
 袁満さんと均目さんは御茶ノ水駅から然程遠くない処に在る古びたビルの一室、そこは全総連のお茶の水分室でありますが、そこに出向いて行って当日の仕儀の全総連との打ち合わせと、当日配るビラの作成とガリ版印刷の仕事を担い、出雲さんは那間裕子女史と頑治さんの助手のような役目を担当するのでありました。そのガリ刷り印刷の方には派江貫氏と来見尾氏が手伝いに付き添い、横瀬氏は神保町の件の貸事務所の方で仕事をする那間裕子女史と頑治さん、それに出雲さんの組に付き合って適宜指導するのでありました。
 要求提出の三日前に行った組合結成総会には、全総連からも偉いさんが来賓として出席して祝辞を述べるのでありました。儀式の最後に意気込みを示す団結ガンバロウの和唱があったのでありますが、そんな経験は従業員一同生まれて初めての経験だったので、皆どこか照れ臭そうな風情で頭上に右手の拳を突き上げたりするのでありました。
(続)
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