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あなたのとりこ 276 [あなたのとりこ 10 創作]

「初めての議長役にしては、なかなか手際が良くて堂に入っていたわよ」
 生ビールで乾杯の後那間裕子女史が袁満さんを持ち上げるのでありました。
「いやあ、あたふたしていましたよ」
 袁満さんは満更でも無い顔で照れるのでありました。
「いやいや、見ていて心強かったですよ」
 均目さんが敬服の一礼を冗談交じりながらして見せるのでありました。
「何とか今日で提出する要求の具体的な内容は大概決まったから、後は清書して正式な要求書を作る作業と云う事になるかな。ようやくこぎつけたと云う感じだよね。でも未だ色んな仕事が残っているから、提出日迄それを着々と熟していかないといけない」
 袁満さんは今日の自分の振る舞いの成功に驕らないで次を見据えるのでありました。山尾主任が欠けた事によって袁満さんも急に頼もしくなったと頑治さんは感心するのでありました。新しく作ろうとしている労働組合の、未だ暫定的ではあるものの、リーダー格になった事実への自覚と云うのか覚悟と云うのか、それが生まれたのでありましょう。
「労働組合結成に一人だけ突出して前のめりだった山尾さんが抜けた後、どうなる事やらって思っていたけど、まあ、袁満君が頑張ってくれそうだから安心したわ」
 那間裕子女史は袁満さんのグラスにビールを注ぎ入れるのでありました。
「そう云いますけど、俺の力量は山尾主任に遠く及ばないんだから、那間さんを始めとして皆が一緒に助けてくれないとどうにもならないですよ」
「でも袁満君には山尾さんみたいな狭量さとか、人に対する時の身構えとか、棘みたいなものが無いから、今考えると委員長と云う役職に適任なのかも知れないわ」
「でもそれが労働組合の委員長たる者の資質として、適当かどうかは判りませんよ」
「少なくとも内部を纏めると云う意味では適当と云う事じゃないですかね。まあ、外に向かっては多少物足りないところもあるかも知れないけど」
 均目さんが持ち上げるような持ち上げないような事を云うのでありました。
「その辺、唐目君はどう思うかな?」
 袁満さんが頑治さんの顔を見るのでありました。
「袁満さんは穏やかな人柄ですし、そう云う人がリーダーなら端から相手の反発を生まないと思いますね。そう云うのは、交渉事に於いてはプラスに働くんじゃないですかね」
「出雲君はどう思う?」
 袁満さんは今度は出雲さんの方に顔を向けるのでありました。
「俺も唐目さんと同意見っスよ。始めから天敵みたいだと話しが進まないだろうし」
 出雲さんは口に付けていたグラスを少し離して云うのでありました。
 袁満さんは皆の評価を聞く事に依って要するに自己確認したいのでありましょう。これは逆に云えば自信の無さが心根の奥に蟠っているためでありまあしょうが、それは未だ仕方の無い事でありましょう。袁満さんにしたら組織のリーダーと云う仕事は、恐らくは初めての経験なのであろうし、今後にあれこれ実績を積んで貰うしか無いでありましょう。まあ、でも、取り敢えず滑り出しは大いに無難に熟したと云うところでありますか。
(続)
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