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あなたのとりこ 249 [あなたのとりこ 9 創作]

「じゃあ、基準内賃金は基本給プラス役職手当、と云う事で全従業員の賃金式や時給額、それに夏の一時金の額を弾き出すとして、それは均目君にお願いしても良いかな?」
 山尾主任が役目を均目さんに投げるのでありました。山尾主任はこれ迄なら自分が率先してある意味嬉々としてそう云う仕事を買って出ていたのでありましたが、これは均目さんに任せる意向のようであります。こんな辺りがここに来て山尾主任が組合結成活動に、或いはもっと云えばその他の諸事に対しても、急速に冷えたのではないかと思わせるところかなと、頑治さんは山尾主任に向かって気掛かりの眼差しを送るのでありました。

 ある時均目さんが、山尾主任の結婚が危機にあるらしいと云う情報を頑治さんに齎すのでありました。倉庫で偶々二人になった折、均目さんが他に誰も居ないにもかかわらず声を潜めて梱包作業をしている頑治さんに話し掛けるのでありました。
「旅行から帰って以来、予想通りどうも上手くいっていないようだぜ、山尾主任は」
 それだけ聞いて頑治さんは結婚の事とピンときたのでありましたが、恍けて鈍そうに何の話しだか判らないと云った表情で均目さんに視線を送るのでありました。
「それは仕事に行き詰っていると云う話しかい?」
「それもそうだけど、新妻さんとどうもしっくりいっていないらしい」
 何となくそう云うところがあるのかなと云う推察を、何処と云ってはっきりした兆しも何も無いのでありますが、頑治さんは前からしていたのは件の如しでありました。
「山尾主任が自分でそんな事を漏らしたのかい?」
「うん。この前或る紙加工会社の大々的な創立二十周年パーティーがあって、片久那制作部長は態々行きたくないらしくて、命令に依り二人で金一封を持って代参したんだ。その帰りに飲もうかって事になって、山尾主任と二人で上野の居酒屋に入ったんだ」
「へえ。山尾主任と均目君の取り合わせは珍しいんじゃないの?」
「そうね、二人だけで飲んだのは初めてかな。あんまり話しが合う方じゃないと思っていたから、こちらから誘う事も無かったし、向こうも同じだろう」
「ふうん。で、その席で新妻さんと上手くいっていないと云う話しが出たのかい?」
「そうだね。そんな事はこっちとしたらあんまり聞きたくはなかったけど、会話の流れからそんな話題になっちゃってね。ちょっと内心げんなりだったけど」
 均目さんは顰め面をして見せるのでありました。
「何でまた、上手くいっていないって云うんだろう」
 頑治さんは梱包作業の手を止めて均目さんに訊ねるのでありました。
「それが、これと云って決定的な理由は特に無いらしいんだよ」
「何となく感触として上手くいかない、と云うのかな」
「そうね。結構期待に満ちて結婚してみたものの、何処かのタイミングでちょっとした気持ちの行き違いか何かがあって、歯車の噛み合わせが微妙にズレて、関係がギクシャクしてきた、みたいな事を云っていたかな。言葉は正確な再現ではないけど」
「ふうん。歯車の噛み合わせ、ねえ」
(続)
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