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あなたのとりこ 243 [あなたのとりこ 9 創作]

「如何にも普遍妥当で尤もらしくは聞こえないから?」
「そうですね。情緒的過ぎると云うのか。それに第一山尾主任の相手さんの顔とか性格とか、生まれ育ちとか、色んな事をこちらは何も知らないんだけど、先ずはその辺から探る方が、山尾主任の不機嫌の原因に迫る方法としては常道かなと思いますがね」
 頑治さんはそう云いながらも、今迄山尾主任が努めてその結婚相手の事を会社の同僚にも話そうとはしなかったのだし、これから先も会わせてくれる気配は殆ど無さそうな按配である以上、その彼女の顔も性格も生まれも育ちも、自分達にはさっぱり知る術も無いかと考えるのでありました。山尾主任の妙に依怙地で頑固で恥ずかしがり屋なところが、彼女の事を傍に喋りたがらない主因ではありましょうが、しかしそれ以外にも何か、秘匿すべき事情でもあるのでありましょうか。まあ、無さそうな感じではありますけれど。

 均目さんの理想主義とのギャップ説、那間裕子女史の不条理説以外に、袁満さんはこのところの仕事や生活の激変に依る体調不良説を唱えるのでありました。最近接触の増えた日比課長に到っては、夜の生活が上手くいかないのかも知れないと云う些か下衆っぽい性的不適合説を、半分面白がりながら口に上せるのでありました。出雲さんは全く斟酌不能と云う困惑の態度でありました。そんな、本人ならぬ者のある意味で勝手で無責任な諸説に囲まれながら、しかし山尾主任の仏頂面は益々その色を深めていくのでありました。
「相当参っているんじゃないかな、山尾主任は」
 二人で昼食後に喫茶店でコーヒーを飲みながら残りの休み時間を潰している時に、均目さんが頑治さんに少しばかり眉間に皺を寄せて云うのでありました。
「そうだなあ。このところ口数がグッと減ったかな」
「何か頬も随分こけたように思うし、顔色も良くない」
 均目さんは自分の頬をへこませて顎を掴んで見せるのでありました。
「本気で心配になって来るな、ああなると」
「仕事が上手くいっていないのは何となく察するけど」
「矢張り山尾主任は営業には向かない人なんだろうなあ」
 頑治さんは手にしていたコーヒーカップを、閉ざした口の前で静止させて暫し気持ちが内向するような目付きをするのでありました。
「相手のお喋りに調子よく合わせる事が苦手で、どちらかと云うと自分の話題に固守する嫌いが元々あったから、営業会話がぎくしゃくして上手く成立しないんだろうな」
 山尾主任は言葉の遣り取りの流れを無視して、何をさて置いても自分の興味の向いている話題だけに場の会話を誘導しようとする、と云った強引なところは無いのではありますが、話しの中身が興味の薄いものであると無表情に口を閉ざして会話から外れようとする傾向があるのでありました。一種の遠慮からそんな風にしているのかも知れませんが、それは傍から見ると如何にも無愛想で興醒めな態度と映る事もあるのでありました。俺は不器用だから人と上手く調子を合わせられない、と山尾主任自らそう自嘲的にものすところを見ると、そう云う面がある事を当人自身も充分承知しているようでもありましたか。
(続)
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