SSブログ

あなたのとりこ 229 [あなたのとりこ 8 創作]

「その役目は制作部の人間じゃない自分で良いのですか?」
「那間君も均目君も今、急ぎの仕事に掛かっているものだから唐目君に行って貰う事にしたんだよ。車でさっと行って用を済ませた方が早いし」
 つまり頑治さんが制作に関わる仕事を熟す上に於いても、片久那制作部長に大いに信頼されていると云う事になるでありますか。それに那間裕子女史も均目さんも運転免許を持っていないから、行くとしても電車と徒歩と云う事になって非効率でありますし。
「あたしなんかより色の目利きは唐目君の方が確かみたいだしね」
 那間裕子女史が多分にお世辞交じりではありましょうが、自席から振り返って頑治さんを持ち上げるのでありました。均目さんも振り向いて笑って頷くのでありました。
「上野製版所と綺麗堂印刷所は行った事があるよな?」
 片久那制作部長が頑治さんを見上げながら確認するのでありました。
「はい。上野製版所が新宿区の榎町の大日本印刷の近くで、綺麗堂印刷所が池袋の宇留斉製本所のもう少し先の方でしたよね」
 頑治さんはしかつめ顔で頷くのでありました。「ええと、綺麗堂印刷所にフイルムを持ち込むのは何時迄に、とかありますかね?」
「いや、今日の内に持って行って貰えば良い」
「渡すのは営業の基目小摩香さんで良いのですか?」
 基目小摩香と云うのは、綺麗堂印刷所で贈答社の仕事を担当する女性営業社員の名前であります。山尾主任よりも年上のようでありますが、グラマーでスタイル抜群でなかなかの美人でありましたから、頑治さんはすぐに顔を覚えたのでありました。
「そうね。居たら基目君に渡してくれ。居なかったら営業課長の荒井さんに」
「判りました。では行ってきます」
 頑治さんはそう云って均目さんの傍に行くと、カラーチャートと高倍率の拡大鏡を貸して貰って下の駐車場に向かうのでありました。カラーチャートと拡大鏡はフイルムに仕上げられた四色掛け合わせの配合が指定通りかどう確認するためでありますが、頑治さんはもう色の網点が何パーセントの網点であるか読めるようになっているのでありました。
 頑治さんは事務所を出際に応接ソファーの処で頭を寄せ合って、何やら会議らしきをしている土師尾営業部長と日比課長と出雲さんの方をちらと窺い見るのでありましたが、日比課長と出雲さんは陰鬱気な風情で身動きもしないで、土師尾営業部長が何やら独壇場に喋っているのを黙って聞いているのでありました。袁満さんが云ったように、そこには確かに気が滅入るような重い空気が淀んでいるような気配でありました。
 頑治さんは出掛ける前に自分の代わりに倉庫で梱包仕事をしている袁満さんに声を掛けるのでありました。こちらは一人で呑気に仕事に励んでいるようでありました。

 山尾主任の旅行中に一度、労働組合結成の準備会が開かれるのでありました。山尾主任が居ないなら流そうかと云う意見もあったのでありますが、都合を付けてくれている外部の横瀬氏や派江貫氏、それに来見尾氏に申し訳無いからと開催するのでありました。
(続)
nice!(15)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 15

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。