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あなたのとりこ 228 [あなたのとりこ 8 創作]

 突然内線電話のブザー音が鳴るのでありました。袁満さんがそのブザー音に大袈裟に驚いてビクンと体を震わせるのは、先程頑治さんに漏らした、ちょっと息抜きに倉庫に下りて来たと云う言葉を、どう云う具合か、若しかして内線電話の受話器が外れているかして、上の事務所の土師尾営業部長に漏れ聞こえて仕舞ったのかも知れないと考えてたじろいだ故でありますか。まさかそんな事は無いでありましょうが、秘かに心疚しい事柄があると、夜風に靡く洗濯物も幽霊の姿に見えて仕舞うとか云うヤツでありましょうかな。
 頑治さんが丁度梱包の結束バンドを締めているところだったので、袁満さんが代わりに受話器に恐る恐る手を伸ばすのでありました。袁満さんは警戒するような声でもしもしと云ってから、やや緊張の面持ちで受話器を耳に当てて向こうの話しを聞いていたのでありますが、すぐに反応良くはいと小気味良い返答を返した辺り、懸念には及ばなかったのでありましょう。袁満さんは受話器を戻してから頑治さんの方を見るのでありました。
「唐目君、片久那制作部長が仕事を頼みたいから上がって来いってよ」
「ああそうですか」
 頑治さんは結束が終わった荷物を脇に退けて次の荷物の梱包に掛かろうとするのでありましたが、その段ボールの荷を袁満さんが受け取ろうとするのでありました。
「梱包は、後は俺が引き受けるよ」
 袁満さんは結束バンド締めの工具も頑治さんから受け取るのでありました。
「袁満さんは、上の仕事は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。上の息苦しい陰鬱な空気の中に居るより、こっちで一人で呑気な梱包仕事をしていた方が余程気楽だしね。願ったり叶ったりと云うところだよ」
 頑治さんとしては、これでも一人呑気に梱包仕事している訳ではないのでありますが、まあこれは、そんな悪気があっての袁満さんの言辞ではないでありましょう。袁満さんはその辺にはあんまり気の回らない、鈍感と云うよりは大らかな人でありますから。
 頑治さんは発送指示書を示して発送物と荷作り個数と梱包上の注意点を口頭で袁満さんに引き継いで、予め書いていた運送会社への発送伝票を発送指示書と一緒に手渡してから、後事を丁重に託して三階の事務所に上がるのでありました。

 片久那制作部長が、何かの冊子の表紙であろう色指定原稿のコピーを頑治さんの前に差し出しながら云うのでありました。
「上野製版所に行って校正刷りを確認して来てくれるか」
 態々こちらから出向くと云うのは、単に校正刷りを貰って来ると云うだけのお遣い仕事と云う訳ではなさそうであります。
「その場で間違いが無いか自分がチェックするんですね」
「そうだ。指定原稿の本稿は向こうにあるから。で、間違いが無いようならそれをその儘綺麗堂印刷所に出来上がっているフイルムと一緒に持って行ってくれるか」
「自分が校了の最終判断をすると云う訳ですか?」
「そうだな。頼むよ」
(続)
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