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あなたのとりこ 224 [あなたのとりこ 8 創作]

「土師尾営業部長の発案ではないんですか?」
 頑治さんは箸の動きを止めて那間裕子女史の顔を見るのでありました。
「土師尾さんと山尾さんはお互い相手を心根の内では小馬鹿にしていて、息も合わないし馬も合わない同士なのに、それを敢えて自分の部署にコンバートなんかすると思う」
「息も馬も合わないけれど仕事の上で有効であればするかもしれないじゃないですか」
「土師尾さんにそんな器量とかクールさとか、したたかさとか、あると思う?」
 そう訊かれれば、まあ、殆ど無いと応えるしかないでありましょうが。
「と云う事は、片久那制作部長から発した案であると云う事ですかね」
「その可能性も大いにあるんじゃないかしらね」
 那間裕子女史は蟹玉入りの口をモグモグさせながら頷くのでありました。「山尾さんは片久那さんとも馬が合わなかったし、片久那さんも山尾さんをそんなに買ってもいなかったし、自分の部下として内心持て余していたようだから、この際自分の元からから手放そうとしたと云う風に考えられなくも無いわね。ま、実際のところは良く判らないけど」
「若しかしてそうであるとしても、情義と云う点ではちょっと無神経ですよね、このタイミングで山尾主任に移動を申し渡すと云うのは」
「ま、上司として愛情を感じていなかったのね、つまり。それを云うならあたしも均目君も片久那さんに、部下としてそんなに大事にされているとも思えないけど」
「そうですかねえ」
 この頑治さんの言は、いやそんな事も無いでしょうけれど、と云うやんわりとした那間裕子女史への気遣いを滲ませた表現と云うよりは、本当にそうなのかどうか頑治さんには全く判らないと表明しようとする言葉付きでありましたか。
「片久那さんは何もかにも自分一人でグイグイやるタイプの人だから、部下が居ると返って間怠っこいし煩わしいのかもしれないわ。大体に於いて他人を全く信用していない人なんだし、そっちに気を遣うエネルギーが勿体無いものね」
「でも、間怠っこいと考えているとしても、そう考えるだけ未だ少しは部下に対して気を遣っているという事でしょう。誰かさんとは違って」
「その誰かさんと比較するのは片久那さんが可哀想よ」
 那間裕子女史はそう云って箸を持つ手を口元に添えて笑うのでありました。この手の雑談が落ち着く先は結局何時も、土師尾営業部長に対する不信と軽蔑と云った辺りでありますか。自業自得であるとは云うものの、実に損な役回りの人であります。
「片久那さんが期待しているのは、山尾さんでもあたしや均目君でもなくて唐目君よ」
 那間裕子女史は蓮華で中華スープを掬いながら云うのでありました。
「俺ですか? でも俺は制作部の人間じゃないし」
「それでも矢張り唐目君よ。接し方で判るわ」
 そう云う風な事を均目さんからも聞くのでありましたが、頑治さんは均目さんの時と同様、ここでもまたげんなりするのでありました。もし本当にそうであるなら、片久那制作部長は一体どのような了見でいるのでありましょうか。
(続)
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