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あなたのとりこ 200 [あなたのとりこ 7 創作]

 片久那制作部長はソファーに深く背を凭せ掛けて不機嫌そうに腕組みしているのでありました。片久那制作部長が口をへの字にして全く開かないものだから、ここは自分の出番と思ってか土師尾営業部長が小難し気な顔で重々しく喋り始めるのでありました。
「新年の仕事始め早々、こうして全員に集まって貰ったのは、これから会社の将来とか喫緊の人員配置なんかについて話すためです」
 一応丁寧な物云いはしているもののその実、問答無用と云ったような高飛車な調子に聞こえるのでありました。「昨年の暮れに支給されたボーナスでも判ると思いますが、最近に無い業績不振で、今会社は大変な岐路にあります。この儘何も方策を講じないで手をこまねいていれば、会社の存続が不可能と云う状態にまで陥るのは明らかです」
 それから土師尾営業部長は手元の紙に目を移すのでありました。「出張営業の売り上げが毎年々々じり貧になっているのは云う迄も無いですが」
 ここで土師尾営業部長は袁満さんと出雲さんの顔を挑むような目で交互に見るのでありました。出雲さんはオドオドと目を伏せるのでありましたが、袁満さんはそう云う土師尾営業部長の云い草に不満があるように口を尖らせるのでありました。
「でも、まあ、確かに売り上げは落ちていますけど、去年は一昨年と比べてそんなに極端な落ち込みと云う訳ではないと思いますがね」
 袁満さんは後ろ目たそうにではあるにしろ異議を唱えるのでありました。
「袁満君はそう云うけど、出張営業全体の売り上げで云うと十五パーセントの減少になる。袁満君は自分の仕事だから勿論その数字は掌握している筈だろう」
「そう、なりますかねえ。・・・」
 袁満さんは何となくたじろいだような表情で曖昧な返事をするのでありました。ひょっとしたら袁満さんはちゃんとした数字を持っていないのかも知れないと、頑治さんはその顔色からふと不安になるのでありました。数字に関してはすっかり甲斐計子女史に任せきりなのかも知れません。現場に居るから売り上げが減少していると云う実感はあるのだとしても、しかしそうなら、怠慢の誹りを免れ得ないと云うべきでありましょうか。
「まあ、出張営業の不振は恒例の事だから、十五パーセントと聞いてもそれ程驚く事はないけど、問題は特注営業の方の売り上げの落ち込みが深刻です」
 袁満さんとの個別の遣り取りの時にはそうではなくなった言葉が、また丁寧さを取り戻すのでありました。特定の個人ではなく全員に話す時には丁寧な口調になるよう変化を付けているようでありますが、それがどのような判断からかは頑治さんには良く判らないのでありました、殆ど意味の無い区別だとしか思えないのでありますが。
「確かに今年は、毎年受注している大口が二件ありませんでしたからねえ」
 日比課長があっさり同調するのでありましたが、当の特注営業を担当している人の言と云うよりはどこか他人事のような無神経な、呑気そうな云い様でありました。
「そう。日比君が担当している二社からの発注が無かった」
 土師尾営業部長は例に依って年上の日比課長を君付けにするのでありました。役職の上ではなく自分より格下の営業マンとして日比課長を見ているためでありましょう。
(続)
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