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あなたのとりこ 194 [あなたのとりこ 7 創作]

 それは明快にそうだと云う訳ではないにしろ、那間裕子女史の意向に沿っての事でありました。那間裕子女史は頑治さんと均目さん以外の会社の連中と酒席を同じにする気は殆ど無いようでありました。これは那間裕子女史の人の好き嫌いに依るのでありました。と云っても、他の連中を那間裕子女史が忌み嫌っていると云う訳では全くなくて、一緒に酒を飲みながら談笑の時間を共有したいとは敢えて思わないと云う、好き嫌い、と云うよりは、好き、の濃淡の差に依っていると云うべきところでありましょうか。
「あの全総連の派江貫って人はどこか信用が置けない感じがするわ」
 那間裕子女史が例に依ってジントニックを飲みながら云うのでありました。
「そうかな。俺は何方かと云うと無口な木見尾さんの方を警戒するけど」
 均目さんが飲んでいるのは同じジントニックながら意見の方は那間裕子女史と違うのでありました。この二人は息が合うのか合わないのか、頑治さんは未だに良く判らないのでありました。まあ、全く息が合わない同士合ならこうして屡一緒に酒を飲む事も無いでありましょうか。当座の息は合わないけれど基本的な馬は合うのかも知れません。
「でも派江貫さんが初めて現れた会議で、均目君は喧嘩していたじゃないの」
「そうだったけど、話してみるとそんなに嫌な人じゃなさそうだし」
 何度目かの会議の後に全員で親睦を深めようと、神保町駅近くの居酒屋で酒杯を酌み交わした事があったのでありましたが、そこでどう云う風の吹き回しかか均目さんが派江貫氏と二人で、妙に深刻顔で何事か話し込んでいる光景を頑治さんは目撃するのでありました。そうやって差しで話してみて、何を話したのかは不明ながら均目さんは派江貫氏に対する認識を改めた模様で、初会議の席での氏に対する蟠りを薄めたのでありましょう。
「そう云えばあの居酒屋での飲み会の時、均目君は派江貫さんと何を話していたの?」
「まあ、労働運動全般とか、全総連の支持する政治政党の話しとか、あれこれ様々」
 均目さんは世の中の諸事に対する認識、と云うのか関心と云うのか、そういうものが頑治さんなんかよりも遥かに深いようであります。
「それで均目君は派江貫さんと意見が合った訳だ」
「いや、俺は何方かと云うと組合運動とか左翼的考え方には批判的な方だから意見はさっぱり合わなかったけど、派江貫さんの人柄と云う点では、なかなか情熱を持った人だなと思ったんだよ。政治性は別にして、人としてはそう云う人は嫌いではないからね」
「で、派江貫さんの方も均目君を見直したと云う訳ね、親密に話す事に依って」
「俺が派江貫さんに対する認識を改めたとしても、派江貫さんの方が俺を見直したかどうかに付いては全く俺には判らないよ。俺がその時に持った一時的な感触はそうであったとしても、派江貫さんと云う人の本心の部分はおいそれとは誰にも窺い知ることは出来ないものだし。早とちりにお人好しな誤解を下すのも、全くいただけない話しだからね」
 均目さんは何やら小難しい事を云いつつジントニックを一口飲むのでありました。
「来見尾さんと云う人は、何となく雰囲気が片久那制作部長に似ていませんか?」
 頑治さんがウィスキーソーダを飲みながら那間裕子女史に訊くのでありました。
「イカさないロングヘアーとイカさないファッション、それに無口なところだけはね」
(続)
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