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あなたのとりこ 192 [あなたのとりこ 7 創作]

 夕美さんはそう云って小首を傾げて笑い顔をして見せるのでありました。
「矢張り、映画とその後で新宿御苑散歩だけ、と云うプランにしよう」
「寄席はいいの?」
「是が非でも行きたいと云う訳じゃないし。夕美が行きたいのなら別だけど」
「あたしも、別にどうしても行きたい訳じゃないけど」
 夕美さんは落語とか漫才が殊更好きだと云う訳ではないのでありました。前に何度か頑治さんに連れられて新宿末広亭や浅草演芸ホールに行った事はあるのでありましたが、それはあくまでも物珍しさと付き合いと云う以上の意味は無いようでありました。
「じゃあ、映画と新宿御苑散歩に決定だ」
「それならあんまり早起きしなくても大丈夫よね」
「そうね。アパートでゆっくり朝寝もしていられる」
 頑治さんは先の夕美さんの身の振り方への不安を頭の中から掃って、取り敢えず明日の二人のデートと云う目先の歓楽のみを考えようとするのでありました。

 週に一度、水曜日の就業時間後の労働組合結成に向けての会議は定例化するのでありました。基本的には経営側に出す労働組合結成通知書と春闘で提出する要求書案の捻出と作成と云う事になるのでありますが、全総連が開催する春闘セミナーとか、小規模単組連合の集まり等にもオブザーバー的な立場で参加を求められたりもするのでありました。
 均目さんはその手の集会にはほとんど興味を示さず、それどころか全総連と云う組織自体に批判的な立場を社員の間で明確にしているものだから、仕方なくそう云った会合への出席は殆ど山尾主任と、出張に出ていない場合は袁満さんが担当する事になるのでありました。もう一人の執行委員である出雲さんは、出張先が北海道や東北と云う事で冬場は比較的暇になるのでありますが、何となく労働組合結成と云う事項全般に疎くて鈍そうな反応しか示さないものだから、隅に置かれていると云った印象でありましたか。
 那間裕子女史はあれこれと私事多忙なようで、こちらも集会参加とかには消極的、と云うよりは冷淡な反応でありました。本人が冷淡なのを敢えて命じて出席させる程の威厳や影響力、それにお願いする勇気も山尾主任にも袁満さんにも無いようでありましたから、畢竟この委員長と副委員長の出番が俄然多くなると云った按配であります。
 どうしたものか頑治さんには殆ど、会計以外の面倒臭い仕事の依頼とかお声掛かりは無いのでありました。出雲さん同様で、あんまり頼りにならないと値踏みされているからかも知れません。まあ、頑治さんにしたら勿怪の幸いと云うものではありましたが。
 山尾主任は労働組合創設活動に結構燃えているのでありました。袁満さんもそれに引っ張られるようになかなか積極的な様相でありました。まあ、袁満さんの本心なんと云うものが奈辺に在るかと云うところは良くは判らないのでありましたが。
 袁満さんは人から何かを頼まれたら、断固として断り切れない人の良さと八方美人的な優柔不断さがある人で、出来るならそう云った活動なんぞは敬遠したい方の口なのかも知れませんが、山尾主任を前にするとなかなか云い出せないでいるのかも知れませんが。
(続)
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