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あなたのとりこ 182 [あなたのとりこ 7 創作]

「先程の山尾主任が喋った、と云うか、多分その目の前の紙を読み上げたんだろうけど、贈答社の闘争方針、とやらは今ここで考えたんじゃないですよね?」
 均目さんが山尾主任に笑い気皆無の表情で質問するのでありました。
「うん。横瀬さんと予め練ったものだよ。まあ、結成時に採択される闘争方針の、よくあるパターンとかを教えて貰って、無難な辺りを文章にしたんだ」
「方針と云うのは、我々がこれから創る贈答社労働組合の性格を決定する大事なものだと思いますけど、それはここに居る全員で討議しないで、横瀬さんと山尾主任の二人だけの打ち合わせに依って決めて良いものなんですかね?」
「まあ、闘争方針の採択は一種の体裁と云うのか儀式と云うのか、手続きの一つみたいなもののようだから、一般的な言葉の羅列で、それらしい事を謳ってあればそれで良いじゃないのかな。具体的な辺りは後でじっくり討議するとして」
 山尾主任はそう返しながら横瀬氏の方を窺うのでありました。
「今迄の労使関係が健全でなかったと云うところと、会社の発展を願えばこそ、と云うところと、そこに働く者の正統な権利を守るためにと云う辺りが盛り込まれていれば良いんじゃないですか。贈答社は無茶苦茶な労働環境にあると云う事でも無さそうだし、聞いてみると未だマシな方だしね。まあ、穏当な辺りで纏めて置くのが良いんじゃないかな」
 横瀬氏が補足するのでありました。
「いや俺が少し引っかかったのは後段の、全総連の適切な指導の下に云々、と云うところで、贈答社個別の問題よりも全総連の方針とか都合の方が優先されると云うニュアンスが含まれているような、そんな気がしたものだから」
「いやあ、そんな事はありませんよ。先程の繰り返しになりますが、贈答社個別の問題が何より優先です。これは敢えて云う迄も無くて、判り切った事ですから」
 横瀬氏は均目さんに向かって、それは考え過ぎだと云った風の笑いを向けながら云うのでありました。しかしそれにしては均目さんを見据えるその目が笑ってはおらず、穏和な語調に全く等比してはいないように頑治さんには感じられるのでありました。何となく、それについてはこれ以上つべこべ云うな、と云った風の威圧的な眼容と云うのか。
「一々小さな点に拘らなくも良いんじゃないの」
 那間裕子女史が均目さんに少しげんなりしたような目を向けるのでありました。「体裁みたいな手続きみたいなものなら、ちゃっちゃっと済ませてしまおうよ」
「そうだよ。まわりくどい事を縷々云っていないで、それより議事を前に進めようよ」
 山尾主任も頷くのでありました。日頃あんまり仲のよろしくない同士がここでは珍しく意見の一致を見たと云った按配でありますか。
「そうね。ぼちぼち腹も空いてきたからさっさと片付けて仕舞いたいものだな」
 袁満さんも些か無責任な同調の模様であります。
「若しこの闘争方針で何か問題が起こったなら、その時は立ち戻って討議して修正すれば良いんじゃないですか。ま、何も起こらないと思いますけどね」
 横瀬氏はまた均目さんに目の全然笑っていない笑いを向けるのでありました。
(続)
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