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あなたのとりこ 168 [あなたのとりこ 6 創作]

 袁満さんが何となくイメージしたのかそんな事を云うのでありました。
「まあ、それも闘争手段の一つではありますね。一企業を越えて団結していると色んな交渉戦術があると云う事ですね、つまり」
 そう云って横瀬氏はここでコーヒーを飲み干すのでありました。
「矢張り全国組織下の労働組合を創るしかないかなあ」
 山尾主任もまるで横瀬氏を真似るように自分のコーヒーカップを空けて、独り言のように呟きながら首を何度か縦に振るのでありました。この山尾主任の言に誰も即座に何の反論も口にしないのを見定めて、横瀬氏は空かさず言葉を重ねるのでありました。
「若し労働組合を結成すると云う事であれば、この暮れの一時金に対する対応も、その何とか云う営業部長を取り囲んでただ繰り言をぶちまけると云うやり方ではなく、もう少し労組結成と云う路程の上に戦略的位置付けられた闘争であるべきでしょうね」
「土師尾営業部長です」
 山尾主任が、何とか云う営業部長、のその、何とか、の部分を補うのでありました。
「そうそう、その土師尾と云う名前の営業部長、に対する対応ですね」
 この辺の山尾主任と横瀬氏の何となく呼吸の合った言葉の遣り取りを聞いていて、労働組合結成と云う既定路線が二人の間でもう出来上がっていて、そう云う方向にこの場の話しを持って行こうとしているような作為を頑治さんは感じるのでありました。
「じゃあ、どう云う方法が良いのでしょうかね?」
 山尾主任が予め決められていた、ような、科白をここで発するのでありました。
「何もしないのです」
 横瀬氏があっさりと云うのでありました。
「何もしない、のですか?」
 山尾主任が少し驚いて見せるのでありました。その山尾主任の反応に同調するように、皆の視線が横瀬氏の顔に向かうのでありました。
「そうです、何もしないのです」
 横瀬氏はここに居る全員の興味が集まったのを見定めるように夫々を見回してから、その先を続けるのでありました。「組合結成を画策している、或いは未だ画策はしていないけれど、そう云う方向に皆の気持ちが向かうかも知れないと云う懸念を全く抱かせないために、気落ちはするけど恭順する、と云う態度を一先ず装っておくのです」
「何もしない、と云う芝居をするのですね」
 山尾主任が感心したような顔で頷くのでありました。
「後日の組合結成の成功を考えるなら、ここはその何とか云う営業部長の前ではそれを噯にも出さない方が賢明な対応と云う訳です」
「土師尾営業部長、です」
「ああそうそう。その土師尾と云う名前の営業部長の前では」
 山尾主任と横瀬氏はまた先程の遣り取りを繰り返すのでありました。頑治さんはこの二人の様子に些かげんなりするのでありましたがそれは噯にも出さないのでありました。
(続)
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