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あなたのとりこ 167 [あなたのとりこ 6 創作]

「甲斐さんとやらの事はそのくらいにして、・・・」
 横瀬氏は先程の話しに戻ろうとするのでありました。

 横瀬氏はコーヒーをまた一口飲んで続けるのでありました。
「会社に少し無理をさせるためには、実は企業内だけで交渉しても弱いのです。留保金の事にしても、云ってみれば社内の事情ですから、切り崩すとこの先経営が困難になると云われれば、こちらの根拠よりも向こうの経営的根拠の方が切迫感に於いて些か優る。一時金が出なければ、それで明日即刻こちらが飢え死にする訳でもないでしょうからね。精々家のローンの支払いのために預金が減るとか、買おうと思っていた洋服が買えないとか、予定していた旅行の資金が足りないとかですからね、こちらの要求の主たる拠点は」
「ああ、昨日話しに出た、ええと何だっけ、可処分所得、だっけ。それの事ね」
 袁満さんが頑治さんの方を見て笑うので、頑治さんも笑い返すのでありました。
「そうなると企業を越えた横の繋がりが、大いに意味を持ってくるのです」
 横瀬氏は袁満さんと頑治さんの笑い顔に一顧も無く話しを続けるのでありました。「同業他社に比べてウチの待遇は、と云った話しが出来るようになります」
「それはそうでしょうけど、会社の大きさも違うだろうし、業態も売り上げもバラバラでしょうからね、一概に同列で比較する事は出来ないですよね」
 均目さんが疑問を投げるのでありました。
「確かにその通りです。しかし全総連、つまり全国労働組合総連盟には同業他社の賃金や一時金の実績が情報として共有されていますから、同じ程度の業績で他社がどのくらい出しているか、と云ったところを交渉に於いて経営側に示す事は出来ます。他がこのくらい頑張って一時金を出しているんだから、ウチももう少し頑張って貰わないと、とかね」
「それでも、他とウチとでは事情が全く違う、と一蹴される場合もある」
 均目さんはなかなか折れないのでありました。
「それは経営側が良く使う科白です。特に従業員二十人以下の小規模企業では、経営側の典型的常套句となっています。しかし個別の事情を多少は考慮するにしても、業績や営業規模が他の会社と同程度なら、その個別性が従業員の賃金や一時金を決める決定的条件にはならない。ウチとほぼ同規模、同業績の会社がこれだけ頑張って従業員を待遇しているのだから、ウチも決して出来ない筈はないし、どうしても出来ないと云うのなら、それは経営側に何か問題があるのではないか、と畳みかけられると云う事ですよ」
「まあ、交渉術としてはそうですかね」
 均目さんは納得しないような顔で一応納得するのでありました。
「それに全総連では産業別の賃金や一時金の達成目標、獲得目標を前面に打ち出しますから、全総連加盟労働組合ならその絡みも交渉に於いて使えます。産業の枠を超えた働く者総ての権利とか団結とか、そう云ったものは結構初心な経営側には利きますよ。企業を越えて団結していると云うのは、一企業の経営にとっては大いに脅威ですからね」
「つまり、鉄道の統一ストライキ、とかですかね?」
(続)
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