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あなたのとりこ 154 [あなたのとりこ 6 創作]

「文句は付けるけど、それでもボーナスの増額は結局無いと云う事かしらね」
 那間裕子女史が溜息を吐くのでありました
「俺達が待遇に大人しく従うだけじゃないと云うところを見せるのも、今後の事を考えると無意味ではないように思うけど」
 山尾主任が云うのでありましたが、そう云うところを見ると山尾主任もこの暮れのボーナスの支給、或いは増額を実は殆ど諦めていると云うところでありましょうか。
「結局、腹いせをするだけか」
 均目さんが皮肉っぽい云い草をするのでありました。
「腹いせでも、やるだけの事はあると思うよ、今後の事を考えると」
 山尾主任が少し悲壮な顔でそう云い募るのでありましたが、その、今後の事、と云うのが頑治さんには今一つ茫洋としてよく判らないのでありました。
「やるだけの事はある、と云うのは、自分達が従順なだけの従業員ではないと向こうに思われる事に依って、今後のボーナス支給や賃金の面でこちらの意を多少は向こうが酌むようになる、と云う点を期待しておっしゃっているんですかね?」
 殆ど言葉を発しなかった頑治さんが云うと皆の視線が集まるのでありました。
「まあ、そうかな」
「でも、何だかんだと文句は云うけど、結局従うしか術の無い連中だと、返って向こうに甘く見られて終わる可能性もあるんじゃないですかね」
「それはそうね、確かに」
 那間裕子女史が即座に頷くのでありました。「抗議するなら、向こうの決定をほんの少しでも変更させなければ、唐目君の云う通り、逆に侮られるだけかも知れないわ。文句は付けるけど始めから変更を期待しないと云うのは、感傷的な一種の敗北主義ね」
「じゃあ、どうするのが良いと那間さんは思うの?」
 山尾主任は自分の考えが敗北主義と云われたのが気に障ったのか、それとも感傷的と云われた方により強く反発したのか、やや興奮した口調で云い返すのでありました。
「それを話し合うためにこうして集まっているんでしょう」
 那間裕子女史も対抗上尖った口調になるのでありました。
「まあまあ、二人共もう少しクールに」
 均目さんが双方を宥めるように、両手を胸の前に挙げて掌で前を小さく何度か押すような仕草をするのでありました。「ここで紛糾したら話しが前に進まない」
 しかしながら紛糾しなくとも、この場での話し合いは前には進まないように頑治さんには思えるのでありました。策に於いては全く手詰まりと云う観でありますか。
 どだいボーナスの支給に文句を云えるような社内の空気はこれ迄造成されてはいなかったのでありましょうし、抑々待遇に対して文句を付けるような局面も今迄は発生しなかったのでありましょう。あれこれ不満はあったとしてもそれを社長や両部長に臆せず、且つものぐさがらずにぶつけるような意気も、云い包められないだけの自信も、或いは前提として両部長に劣らないだけの仕事上の実績も社員の間には無かったのでありましょう。
(続)
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