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あなたのとりこ 146 [あなたのとりこ 5 創作]

「JRは電話で問い合わせるとなると大変な時間がかかるんじゃないかな」
 屈めていた腰を伸ばして、机上のコピーから顔を遠ざけながら頑治さんが隣の均目さんに訊くのでありました。最初にコピー原稿を見た時、面倒だろうと及び腰して、これを後回しにして遣り残したのを頑治さんとしては少し引け目に感じているのでありました。
「ああ、JRの路線に関しては鉄道弘済会発行の時刻表から拾い上げれば大丈夫だよ。それはJRが監修した時刻表なんだから」
「ああ、成程ね。それはOKと云う事になるんだ」
「そう云う事。で、後残っている路線は?」
「都営地下鉄と都電荒川線くらいかな」
「ほう、随分と片付けてくれたんだな」
 均目さんは感心するのでありました。「俺がやるより遥かに捗ったかな」
「まあ、ポカが無いなら」
「いやいや、どうもご苦労さん。もう五時になったからその辺で上がって良いよ」
 均目さんがそう云うものだから、頑治さんはこの辺で切り上げて良いものか一応確認のため片久那制作部長の方に顔を向けるのでありました。
「ご苦労さん。助かったよ」
 片久那制作部長が頑治さんに笑顔を向けるのでありました。
「出来れば残りの都営地下鉄や荒川線も片付けたかったのですが」
「いやいや充分だ。ここまで捗るとは正直思っていなかった」
 片久那制作部長は満足そうに頷くのでありました。
 丁度そこに外回りから帰って来た土師尾営業部長が制作部のスペースに顔を出すのでありました。その日午前中からずっと社には居なかったのでありました。
 土師尾営業部長は制作部の那間裕子女史の机の前に座っている頑治さんを見て、怪訝そうな視線を投げて寄越すのでありました。
「唐目君には今日は制作の仕事を手伝って貰っていたんだよ」
 片久那制作部長が訊かれる前に説明するのでありました。
 頑治さんの直接の上司は土師尾営業部長と云う事になるのでありますが、その許可を得ずに頑治さんに制作部の仕事をさせた点に、片久那制作部長としては少し遠慮を感じたのかも知れません。いやしかし日頃から畏れを抱いている会社の実質的ボス格の片久那制作部長のやる事に、土師尾営業緒部長は心根の内で不愉快を感じる事はあっても、面と向かって苦情を垂れる事は出来ないでありましょう。依って、自分がないがしろにされたと感じても、まあ結局のところ追認するしか術は無いと云う寸法でありますか。
「配送とか倉庫の仕事は大丈夫だったの?」
 土師尾営業部長は腹いせにか、頑治さんに少し険しい顔を向けるのでありました。
「それは問題無いよ」
 片久那制作部長が代わりに応えるのでありました。その辺にこの俺が抜かりがある筈が無いだろうと云う、一種の高飛車がその言葉の表面に張りついているのでありました。
(続)
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