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あなたのとりこ 144 [あなたのとりこ 5 創作]

「他の鉄道会社さんにもこんな、或る意味迷惑な電話をかけまくっているの?」
 男が、前を厳冬の一日とすれば小春日和程度に言葉の棘を丸めるのでありました。
「ええ。交通案内に記載させて頂いている総ての鉄道会社さんに、ご迷惑を承知でご協力頂いております。どちら様も快くご教示くださいます」
 頑治さんは少しの揶揄をうっかり見逃せば見逃せる程度に忍ばせるのでありました。
「何某電鉄さんとかも?」
 男は東京西北部から埼玉県方面に延びている、こちらもこの鉄道会社同様複雑に多くの路線が入り組んだ鉄道会社の名前を云うのでありました。
「はい勿論です。少々お時間を取らせて仕舞いましたが、態々ご親切に先方様の方から様々な行先の急行とか快速電車の駅間所要時間までご教示くださいました」
 頑治さんはその鉄道会社には未だ電話をしていないのでありましたが、ここは一番、しれっとはったりを咬ませるのでありました。序にここにもぼんやり見逃せば見逃せるような当て擦りを混入させているのは、依って件の如しであります。
「ふうん。そうなの」
 男はここで言葉を切って間を置くのでありました。「ウチで発行している裏に全路線が描いてあるパンフレットをこちらから送る、というのでは駄目なのかな?」
「全駅間の所要時間が明記してある物ならそれでも結構ですが」
「ああそうか、全駅間所要時間か。・・・」
 男がそう云ってからまたしてもここで言葉が途切れるのでありましたが、恐らくそのパンフレットには特急とか急行のめぼしい所要時間は記してあるものの、一々の駅間所要時間は記載されていないのでありましょう。「ちょっとお待ちください」
 今迄やけにぞんざいだった男の言葉付きがここで丁寧さを取り戻すのでありました。受話器の向こうからなにか資料を引っ張り出しているのかクシャクシャと紙擦れの音が小さく聞こえて来るのでありました。竟に諦めてどうやら教えてくれる気になったようでありまあす。頑治さんはまたしても胸の内で指を鳴らすのでありました。
 余計な手間惜しみ心とか意地悪心、或いは警戒心を起こさないで最初から素直に教えてくれていれば、ここまでの実に無意味な時間の空費は無かったのにと頑治さんは内心舌打ちするのでありましたが、勿論そんな気配は噯にも出さないのでありました。
「ええと、先ず本線からでしたよね」
 ようやく向こうの男が言葉を発するのでありました。

 まあ、ここから時間にして二十分程で全駅間の所要時間を訊き出すのでありました。その後頑治さんが特急とか急行の所要時間を訪ねると、男は意外に素直に、且つ事務的にそれも教えてくれるのでありました。総計四十分と云うのがこの電話に要した時間でありましたか。最初の方のゴタゴタを除けば、半分の時間で事は済んだ筈でありましょう。
「何やら、あれこれともめていたね」
 電話を切って頑治さんが溜息を吐いた後で均目さんが声を掛けるのでありました。
(続)
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