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あなたのとりこ 115 [あなたのとりこ 4 創作]

 刃葉さんは人里離れて、山籠もり、のような空手修行に入るという事でありますが、さて、この身を寄せて同じ歩調で歩くこちらの羽場さんは、来年になったらどのような身の振り方を決断するのでありましょうか。大学院に進むのかそれとも就職するにしても東京に残るのか、或いは郷里に帰って博物館職員とか学校の先生と云う道を選ぶのか。
 勿論頑治さんとしては東京に残って欲しいと願うのでありましたが、しかしながら頑治さんがどうあがこうと、この決定は夕美さんの専権事項であるのは云う迄もないのでありました。頑治さんはただ、夕美さんがこの先もずっと頑治さんの傍を離れたくないと、先ず以て願ってくれているであろう事を切実に望むしかないのであります。頑治さんは自分の腕に縋り付いている夕美さんの手を取って強く握るのでありました。
 頑治さんの手は今迄上着のポケットに突っ込んでいたから少しは防寒出来たけれど、夕美さんの指は寒い中に出ていたせいで嫌に冷たいのでありました。頑治さんはその夕美さんの指を自分の手で急いで温めなければと、何故か妙に焦っているのでありました。

   那間裕子女史

 倉庫で頑治さんが梱包作業をしていると均目さんが下りて来るのでありました。何か制作部関連の材料の搬入があるのかしらと思って頑治さんは声を掛けるのでありました。
「搬入があるのなら手伝おうか?」
「ああいやいいんだ。ちょっと北海道の観光絵地図の刷り本を取りに来ただけだから」
 均目さんはA全判観光絵地図の北海道の刷り本を数枚棚から取って、それを丸めながら作業台の頑治さんの傍に遣って来るのでありました。
「冬のボーナスの事、誰かから何か聞いているかい?」
 均目さんは丸めた刷り本に輪ゴムを掛けながら頑治さんに訊くのでありました。
「いや、何だい冬のボーナスの事って?」
「それが、この暮れはどうやら支給が無いらしいぜ」
「ふうん」
 頑治さんのあんまり興味が無さそうな上の空の応答振りに均目さんはちょっと興醒めしたようで、次の句を継ぎ損ねたように少し口籠もるのでありました。
「ああそうか、唐目君はこの冬が初ボーナスになる筈だったからなあ」
 均目さんは頑治さんが贈答社に於けるボーナスの事情をよく知らないために素っ気ない返答をしたのだと解釈したようで、そう云って自得するように頷くのでありました。
「そう云えば七月と十二月の年二回、ボーナスの支給があるって入社の時に土師尾営業部長から聞いたような気がするなあ」
「そうなんだ。業績次第で変動はあるけど、夏が大体基本給の二か月分、それから冬が二か月半分何時も支給されていたんだ。それがこの冬は無いらしいんだよ」
「ほう、それだけ貰えればちょっとホクホク、と云うところだけどなあ」
「社員は皆、それを当てにしていたんだ。だから冗談じゃないってところだ」
(続)
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