あなたのとりこ 87 [あなたのとりこ 3 創作]
出雲さんは肩に担いでいた旅行カバンを、袁満さんの隣にある自分の机の上にドサリと置くのでありました。それから重い荷から解放された肩を上げ下げしたり、二三度腕や首をグルグル回したりして血行促進を図るのでありました。
そうしている内に室内に漂う何やら不穏な空気を察知したようで、何となく場違いで呑気な血行促進のためのその仕草を尻窄みに収めて、興醒めの態ですごすごと椅子に尻を落とすのでありました。座って仕舞うと、机の上に置いた大きな旅行カバンが土師尾営業部長や刃葉さんの方から出雲さんの姿を綺麗に隠蔽するのでありました。
出雲さんは横の袁満さんを土塁に隠れた兵士が隣の味方の兵士を窺うような様子で見るのでありました。袁満さんは顰め面を以ってそれに応えるのでありました。
「それじゃあ話しが違うじゃないですか」
これは刃葉さんが土師尾営業部長へのいちゃもんを続ける言葉でありました。
「いや、その方が刃葉君の次の仕事探しにも好都合だろうと思って」
「好い加減なお為ごかしを云わないでくださいよ」
刃葉さんは声を荒げるのでありました。土師尾営業部長はその声音にたじろいで思わず目を伏せるのでありましたが、それでは部長としての沽券に関わると考えてか、すぐに頭を起こすと刃葉さんを睨み上げるのでありました。大いに不穏な雰囲気であります。
「こっちだって色々都合があるんですよ」
刃葉さんは荒げた言葉つきを其の儘に云い募るのでありました。「唐目君が入ってもう用済みになったからとっとと出て行けって云われても、それは勝手過ぎますよ!」
土師尾営業部長は刃葉さんの剣幕から少しでも距離を置こうと云う心算か、身を思わず背凭れに退避させるのでありました。なかなか沽券が保てない模様であります。
この遣り取りから、刃葉さんが会社に留まる向後の時間の短縮を土師尾営業部長から提案されたのだと頑治さんは推測するのでありました。頑治さんが入社したのでもう用済みになったから、等と刃葉さんが云っているところを見ると、この云い争いには自分の存在が介在しているようでもあります。全く頑治さんには無関係な事由での云い争いでもなさそうな辺りに、頑治さんとしては多少胸奥のざわつきを感じて仕舞うのでありました。
「そうかも知れないけど、一応提案してみた迄だよ」
土師尾営業部長がそれでは沽券が保てないであろうと思われる弱気な物腰で云うのでありました。「刃葉君が嫌だと云うのなら、まあ仕方が無いけど」
この、仕方が無い、と云う云い草が火に油のようでありました。
「俺が給料をもう一か月分余計に貰う事が部長にはそんなに仕方が無い事なんですね」
「給料の事を云っているんじゃないよ」
「いや、一か月余計に俺の給料を払うのが惜しくて云っているんでしょうが、実際は」
「そうじゃないよ!」
「いいや、大方そんな程度の了見に決まっている」
「そうじゃないって云っているじゃないか!」
こうなったらまるでもう子供同士の喧嘩であります。
(続)
そうしている内に室内に漂う何やら不穏な空気を察知したようで、何となく場違いで呑気な血行促進のためのその仕草を尻窄みに収めて、興醒めの態ですごすごと椅子に尻を落とすのでありました。座って仕舞うと、机の上に置いた大きな旅行カバンが土師尾営業部長や刃葉さんの方から出雲さんの姿を綺麗に隠蔽するのでありました。
出雲さんは横の袁満さんを土塁に隠れた兵士が隣の味方の兵士を窺うような様子で見るのでありました。袁満さんは顰め面を以ってそれに応えるのでありました。
「それじゃあ話しが違うじゃないですか」
これは刃葉さんが土師尾営業部長へのいちゃもんを続ける言葉でありました。
「いや、その方が刃葉君の次の仕事探しにも好都合だろうと思って」
「好い加減なお為ごかしを云わないでくださいよ」
刃葉さんは声を荒げるのでありました。土師尾営業部長はその声音にたじろいで思わず目を伏せるのでありましたが、それでは部長としての沽券に関わると考えてか、すぐに頭を起こすと刃葉さんを睨み上げるのでありました。大いに不穏な雰囲気であります。
「こっちだって色々都合があるんですよ」
刃葉さんは荒げた言葉つきを其の儘に云い募るのでありました。「唐目君が入ってもう用済みになったからとっとと出て行けって云われても、それは勝手過ぎますよ!」
土師尾営業部長は刃葉さんの剣幕から少しでも距離を置こうと云う心算か、身を思わず背凭れに退避させるのでありました。なかなか沽券が保てない模様であります。
この遣り取りから、刃葉さんが会社に留まる向後の時間の短縮を土師尾営業部長から提案されたのだと頑治さんは推測するのでありました。頑治さんが入社したのでもう用済みになったから、等と刃葉さんが云っているところを見ると、この云い争いには自分の存在が介在しているようでもあります。全く頑治さんには無関係な事由での云い争いでもなさそうな辺りに、頑治さんとしては多少胸奥のざわつきを感じて仕舞うのでありました。
「そうかも知れないけど、一応提案してみた迄だよ」
土師尾営業部長がそれでは沽券が保てないであろうと思われる弱気な物腰で云うのでありました。「刃葉君が嫌だと云うのなら、まあ仕方が無いけど」
この、仕方が無い、と云う云い草が火に油のようでありました。
「俺が給料をもう一か月分余計に貰う事が部長にはそんなに仕方が無い事なんですね」
「給料の事を云っているんじゃないよ」
「いや、一か月余計に俺の給料を払うのが惜しくて云っているんでしょうが、実際は」
「そうじゃないよ!」
「いいや、大方そんな程度の了見に決まっている」
「そうじゃないって云っているじゃないか!」
こうなったらまるでもう子供同士の喧嘩であります。
(続)
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