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あなたのとりこ 79 [あなたのとりこ 3 創作]

「殴られる?」
 頑治さんはその言葉の不穏さに目を剥くのでありました。「刃葉さんが土師尾営業部長を気に障ったから殴る、或いは殴る素振りをすると云った事が前にあったのかな?」
「いや、それは全然無いけど」
「じゃあ、どうして土師尾営業部長は刃葉さんを恐れているのかな?」
「土師尾営業部長は部長としてのプライドとかの点には執拗に拘る割に、実は全く肝っ玉の小さい臆病な人だからね。だから結局、一種の的外れの怖気と云うべきかな」
 均目さんはそう云って皮肉っぽく笑うのでありました。

 定食屋を出た後未だ少し午後の仕事開始まで時間が有ったから、かと云って喫茶店に腰を据える程には無かったから、頑治さんと均目さんは会社近くの立ち飲みコーヒー店で紙コップに入ったコーヒーを飲みながらもう少し話しをするのでありました。ここの紙コップは時々会社の倉庫にも転がっていて、刃葉さんも愛用している店のようであります。
「土師尾営業部長の事、今迄観てきてどう思う?」
 均目さんは椅子が無いものだから立った儘でやや前屈みにカウンターに片肘を突いて、紙コップのコーヒーを一口啜った後に訊くのでありました。
「そうねえ、この前の飲み会とかその後の話しとかであんまり良い評判は誰からも聞かないけど、でも喋り方は穏やかそうな印象だけどね」
 頑治さんも隣で同じ姿勢をして顔を均目さんに向けるのでありました。
「あれが穏やかかい?」
「まあ、言葉遣いに限ってはね。言葉の端々とかに、何故かちょっと苛っとさせるような棘々しさみたいなものは感じる時はあるけどね」
 頑治さんとしてはそんな事を訊いてくる均目さんの底意への少しの警戒から、大方の評判に阿ていきなり批判的な言葉を口に上せて見せるのも憚られると思ったものだから、先の、喋り方は穏やか、と云う無難な辺りを先ず口にしたのでありました。しかし実のところは土師尾営業部長と言葉を交わすのは妙に苦手に感じていたのでありました。
 確かに彼の人は大体に於いてぞんざいな言葉遣いをするところは全く見受けられず、一方的に言葉を投げ付けてくるような押し付けがましさみたいなも無く、穏やかと云えば実に穏やかな喋り方をするのでありました。しかしその穏やかそうな言葉には温感が全く無いのでありました。隠しても現れて仕舞う圭角が忍んでいるような感じと云うのか。
 それに云い回しが妙に間怠っこいとも感じるのでありました。ズバリと要点を極力少ない言葉で示すと云う風な喋り方ではなく、例えて云えばまるで、さして必要とも思われない余計な機能を多く付加して単価を吊り上げてやろうと云う魂胆が見え々々の、最新モデルのテレビのような喋り方と云うのか、何と云うのか。・・・
 あれま、何と云う間怠っこい例えである事か。頑治さんは今思った自分の例えに自分でうんざりするのでありました。均目さんの前にそれを言葉にして開示しなかったのは幸いと云うものであります。まるで間抜けの見本みたいな具合でありますから。
(続)
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