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あなたのとりこ 78 [あなたのとりこ 3 創作]

 そう聞いて頑治さんは呆れ顔を均目さんに向けるのでありました。
「実は今日の宇留斉製本所行きだけど、多分近道をしようと考えたのか羽葉さんが、池袋方面に向かう表街道じゃなくて裏道に途中でハンドルを切ったんだよ。すると進路に迷って街道を行くよりかなり無駄に時間が掛かって仕舞ったんだ」
 均目さんは喋り始めた頑治さんの顔を上目に見ながら一つ頷くのでありました。
「ああ、よくあるあの人の無意味な行動の一つだね。屡そうやって無駄な時間を使っているよ。何時も道に迷っているんだから好い加減道路事情に詳しくなっても良さそうなものだけど、上の空で運転しているからちっとも道を覚えない。相変わらず同じ道で迷っている。近道をしようと云うせっかちだろうけど、近道になった例がない」
「あれがなければ三十分は早く宇留斉製本所に着いた筈だな」
 頑治さんは顰め面をして見せるのでありました。「帰りも同じ轍を踏んで時間をロスするし、それは未だ百歩譲って許そうと思えば許せるけど、十一時半には、就業時間内だと云うのに何処かで昼休みをして行こうと提案されたんだ」
「誰かの監視の目が無いと、あの人はそう云う緩々なところがある」
「律義とかそう云う気持ちは俺も特には無いんだけど、流石に三十分も早く昼休みに入るのは気が引けたから、そこは少し抗弁したんだ」
「五分前ならまだしも、三十分前となると正真正銘のサボりだもんなあ」
 均目さんは口に入れた鯖の切り身に小骨が付着していたらしく、暫し口をモグモグとさせてからその骨を指で唇から摘み出すのでありました。
「まあ、そうしたら俺が生真面目なヤツだとか皮肉を云ってそれは諦めたようだけど、今度は明らかに私用で後楽園近くの武道具店に立ち寄って買い物だ」
「まあ、公私の区別に全く無頓着なあの人らしい行動だな」
「それで許されるのかな」
「許される訳じゃないけど」
 均目さんは味噌汁を一口飲むのでありました。
「いや俺も、ここで刃葉さんを糾弾しようという魂胆は無いんだけど、あんな仕事振りを会社はずっと許しているのかと思ってさ」
「別に許してもいないけど、刃葉さんは注意されても上の空だから云っても無駄と云うところかな。山尾さんなんかは時々注意しているようだけど、改める気も更々無さそううだしね。羽葉さんは心根の内では山尾さんの事を侮っているようだしね」
「片久那制作部長はそんな刃葉さんの不届きを知らないのかな」
「まあ、気付いてはいるだろうけど、億劫なのか知らん振りだな」
「土師尾営業部長は?」
「あの人は自分の体面とか損得以外は何に付けても無関心だから」
「でも、刃葉さんの直接の上司だろう?」
「要するに怖いんだろうな、刃葉さんの事が。何を考えているのか知れないところがあるから、ひょっとして刃葉さんのご機嫌に障ったりしたら殴られるかも知れない」
(続)
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