あなたのとりこ 76 [あなたのとりこ 3 創作]
明らかに頑治さん意見の方に正統性があるのは刃葉さんも判るようで、早目の昼休みは諦めたようでありました。しかし車が白山通りに曲がって後楽園遊園地の道向かいで、壱岐坂を越えた直ぐの辺りで刃葉さんは車を路肩に寄せて停車させるのでありました。
「ちょっと待っていてくれるかな」
刃葉さんはそう云い置いて車を降りるのでありました。見ていると道沿いの武道具店の看板の下の引き戸を開けてその中に姿を消すのでありました。
ははあ、ここに立ち寄りたいために帰り道の頑治さんの運転交代の申し出を断ったのであろうと合点がいくのでありました。頑治さんが運転していたらここでちょっと車を止めろと云うのも刃葉さんとしては気後れするでありましょうし、それなら自らハンドルを操作している方が自儘に、遠慮を感じる事少なく車を武道具店の横に停止させられると云うものであります。仕事では武道具店とは縁も所縁も無いのだから、これは刃葉さんの全くの私用と云う事になるでありましょうか。頑治さんはフロントガラス越しに武道具店のアルミサッシの引き戸を見ながらやれやれと声に出して独り言ちるのでありました。
刃葉さんは二十分程して店を出て来るのでありました。手には細長い紙包みを持っているのでありました。何かは判らないけれどそれを買ったのでありましょう。
車のドアを開けて運転席に座ると、刃葉さんは助手席に座っている頑治さんの方を向くのでありました。何か話し掛けるのかと思いきやそう云う訳ではなく、少し口を尖らせて見せてから紙包みを変速ギアと自分の左大腿の間の隙間に置くのでありました。助手席に頑治さんが座っているものだから、多分こんな場合何時もしているように、何の気無しに紙包みを助手席に放り投げる事が出来ないのを忌々しく思ったのでありましょうか。
結局猿楽町に在る会社の倉庫前駐車場に車が滑り込んだのは、十二時を十五分程回った頃になるのでありました。羽葉さんは引き取って来た荷を車から下ろしもせずに運転席のドアを外からバタンとぞんざいに閉めた後、そそくさと昼食を摂るために何処かに行って仕舞うのでありました。頑治さんは刃葉さんから託された、宇留斉製本所から受け取った納品書を山尾主任に渡すために三階の事務所への階段を上るのでありました。
「おや、今日は割と早かったなあ」
制作部の自分の机で弁当を食していた片久那制作部長が頑治さんの姿を見て声を掛けるのでありました。遅かったなあと苦言を呈される方が妥当と思われるのに、そんな逆の言葉を掛けられると頑治さんとしては少し調子が狂うと云うものであります。
「山尾さんは昼食ですか?」
頑治さんが訊くと片久那制作部長の代わりに、これも自分の机でこちらはようやく午前中の仕事が片付いたと云った風情の均目さんが応えるのでありました。
「印刷所に出掛けていて、未だ戻ってないよ」
頑治さんはふうんと云った具合に頷いて、持って帰って来た宇留斉製本所の納品書を山尾主任の机の上に置くのでありました。
「刃葉君はどうした?」
(続)
「ちょっと待っていてくれるかな」
刃葉さんはそう云い置いて車を降りるのでありました。見ていると道沿いの武道具店の看板の下の引き戸を開けてその中に姿を消すのでありました。
ははあ、ここに立ち寄りたいために帰り道の頑治さんの運転交代の申し出を断ったのであろうと合点がいくのでありました。頑治さんが運転していたらここでちょっと車を止めろと云うのも刃葉さんとしては気後れするでありましょうし、それなら自らハンドルを操作している方が自儘に、遠慮を感じる事少なく車を武道具店の横に停止させられると云うものであります。仕事では武道具店とは縁も所縁も無いのだから、これは刃葉さんの全くの私用と云う事になるでありましょうか。頑治さんはフロントガラス越しに武道具店のアルミサッシの引き戸を見ながらやれやれと声に出して独り言ちるのでありました。
刃葉さんは二十分程して店を出て来るのでありました。手には細長い紙包みを持っているのでありました。何かは判らないけれどそれを買ったのでありましょう。
車のドアを開けて運転席に座ると、刃葉さんは助手席に座っている頑治さんの方を向くのでありました。何か話し掛けるのかと思いきやそう云う訳ではなく、少し口を尖らせて見せてから紙包みを変速ギアと自分の左大腿の間の隙間に置くのでありました。助手席に頑治さんが座っているものだから、多分こんな場合何時もしているように、何の気無しに紙包みを助手席に放り投げる事が出来ないのを忌々しく思ったのでありましょうか。
結局猿楽町に在る会社の倉庫前駐車場に車が滑り込んだのは、十二時を十五分程回った頃になるのでありました。羽葉さんは引き取って来た荷を車から下ろしもせずに運転席のドアを外からバタンとぞんざいに閉めた後、そそくさと昼食を摂るために何処かに行って仕舞うのでありました。頑治さんは刃葉さんから託された、宇留斉製本所から受け取った納品書を山尾主任に渡すために三階の事務所への階段を上るのでありました。
「おや、今日は割と早かったなあ」
制作部の自分の机で弁当を食していた片久那制作部長が頑治さんの姿を見て声を掛けるのでありました。遅かったなあと苦言を呈される方が妥当と思われるのに、そんな逆の言葉を掛けられると頑治さんとしては少し調子が狂うと云うものであります。
「山尾さんは昼食ですか?」
頑治さんが訊くと片久那制作部長の代わりに、これも自分の机でこちらはようやく午前中の仕事が片付いたと云った風情の均目さんが応えるのでありました。
「印刷所に出掛けていて、未だ戻ってないよ」
頑治さんはふうんと云った具合に頷いて、持って帰って来た宇留斉製本所の納品書を山尾主任の机の上に置くのでありました。
「刃葉君はどうした?」
(続)
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