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あなたのとりこ 60 [あなたのとりこ 2 創作]

 夕美さんはその時引率した、担任でもある社会科の先生に、お前は発掘の名人かも知れない、と褒められたのでありました。クラスの他の生徒は土器の一片も石器の欠片も見つけられない者も居ると云うのに、由美さんときたら誰よりも多くの石鏃や骨鏃、それに弥生土器片を発見し、その時代の人の骨まで見付け出したのでありました。
「左手示指の中節骨だったの」
「何だいそれは?」
「人差し指の真ん中の骨よ」
 夕美さんは自分の左手の人差し指をピンと立てて、右手の人差し指でそれがどの骨に当たるのかを指示して見せるのでありました。
「よく判ったな、それが左手の何たら骨だと」
「中節骨」
「ああ、その中節骨だと」
「見つけた時はあたしもはっきり判らなかったけど、なんだか人の骨じゃないかって直感して先生に訊いたの。先生がひょっとしたら指の骨の一部かも知れないって云って、その骨を知り合いの県立博物館の学芸員の先生に鑑定してもらったのよ。そうしたら弥生人の左手示指中節骨だって判ったの。貴重な発見だって担任の先生は後で驚いていたわ」
「人の骨だったら気持ち悪いとか、そんな風には思わなかったのかい?」
「全然。だって二千年くらい前の小さな骨片よ。まるで枯れ枝か小石のような感じで、全然骨としての生々しさなんかもう無いもの」
「ふうん」
 頑治さんは小学生の頃、火葬場で祖母の骨を拾った折に見た焼かれた人骨しか今迄見た事は無いのでありましたから、二千年くらい前の人間の人差し指の骨の風合いに付いてはなかなか想像力が働かないのでありました。
「で、ね、あたし自身も発掘の名人かもしれないって、殆ど本気で考えたのよ」
 夕美さんは目を大袈裟に見開いて結んだ唇をやや笑いに作って頑治さんを見るのでありました。なかなかに可憐な表情だと頑治さんは秘かにどぎまぎするのでありました。
「ま、そう云う思考の流れは理解出来るけど」
「担任の先生も折に付けあたしを発掘とかに誘ってくれるようになったの。博物館の学芸員の先生とも面識が出来て、あたし自身も発掘の手伝いとかが結構楽しくて、こう云う事をしながら高校卒業後もずっと生活できたら良いなって考えるようになったの」
「で、考古学専攻の大学生になったと云う訳か」
「学芸員の先生がウチの大学の先輩に当たるのよ。ウチの大学は考古学関係では結構権威があるの。この道では有名な先生が何人も居るし」
「ウチの大学が考古学に強いとは知らなかったな」
「考古学に関係も関心も無い学生はそうかも知れないわね、残念ながら」
 夕美さんは少しがっかりしたような声の調子で呟くのでありました。
「で、今は念願の勉強が出来るようになって充実した学生生活を送っていると」
(続)
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