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あなたのとりこ 56 [あなたのとりこ 2 創作]

「でも、株式会社なんでしょう?」
「資本の形式としてはね。まあ、株式会社たって色々あるよ」
「それはそうだろうけど」
 夕美さんはカップに残ったコーヒーを飲み干すのでありました。「それはそうと、ぼちぼち何処かに食事に行かない? 就職お祝い第一弾として奢ってあげるわ」
 第一弾と断るところを見ると第二弾もあるのでありましょうか。
「それは有難いけど、でも考えてみたら夕美は未だ学生の身分で、俺の方が働いていると云う事になるんだから、無産者に奢って貰うのはちょいと気が引ける」
 夕美さんは考古学専攻の大学院生なのでありました。
「そんな事云うけど、今の時点ではあたしの方がお金持ちだと思うけど」
 夕美さんのお父さんは郷里で建築設計事務所を経営する資産家なのでありました。依って夕美さんには実家から潤沢に仕送りがあるようであります。まあ、そうでなければ夕美さんが卒業後に就職しないで大学院生になると云う選択は無かったかも知れません。
 夕美さんにはお兄さんが居て、お父さんと同じ建築士でお父さんの跡継ぎと云う事になるのでありましょう。妹の夕美さんは頑治さんとは違って幼い頃から乳母日傘で育てられたようで、その所為かどうかどちらかと云うとおっとりした性格なのでありました。それでも中学時代の印象としては頑固な面もあって、一度云い出したらなかなか節を曲げない憎たらしいところもあるのでありました。今もそこは変わらないようであります。
「お金持ちかどうかと云う点では、確かにその通りではある」
 考えたら頑治さんは大学で再会して付き合いだして以来、大いに夕美さんの持っている金品に甘えてきたような気がするのであります。
「その内、頑ちゃんがお金持ちになったら十倍くらいにして返して貰うから、今日の夕食代に関してはあたしの奢りと云う事で良いんじゃない」
「そうかい。毎度々々、お世話になります」
 頑治さんは丁重そうでありながら、しかし何処か狎れたような風情のある、横着と云えばそうも云えるお辞儀なんぞをして見せるのでありました。

 学食を出た二人はすぐ道向かいにある小さな公園の中に入っていくのでありました。夕美さんの手には飲み残しの林檎ジュースの缶が、頑治さんの手には学食の出入り口のところにある自動販売機で、再会の挨拶代わりと云う名目で夕美さんが買ってくれた缶コーヒーが握られているのでありました。そんな挨拶をされる謂れはないと頑治さんは断ったのでありましたが、堅い事云わないでまあ良いじゃない、と云う夕美さんの厚意にほんの少しのすったもんだの末、結果として甘える事になったのでありました。
「唐目君は、就職の方は決まったの?」
 公園の古い木製のベンチに並んで腰を下ろして、缶コーヒーのプルリングを起こしている頑治さんに夕美さんが訊くのでありました。
「いや、未だ全然決まっていないよ」
(続)
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