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あなたのとりこ 54 [あなたのとりこ 2 創作]

「へえ。俺の方は高校時代に増田とは全然交流が無かったから、羽場が同じ大学に進学していたなんて今の今まで露とも知らなかったよ」
 頑治さんはここで夕美さんに対してさん付けを止めるのでありました。中学生の頃は呼び捨てであったからこの方がより親しみを籠められるだろうと云う判断でありました。
「同じ大学だし同じ文学部なんだから、何時かキャンパスで逢う事もあるかもって思っていたけど、結局四年生になった今の今まで唐目君に逢う事は無かったわね」
「羽場も文学部なのかい?」
「そうよ、史学科の考古学専攻」
「ふうん。考古学、ねえ」
 頑治さんは地理学科なのでありました。同じ文学部とは云え、専攻が違うと全く顔を合わせる機会も無い場合だってあるでありましょう。
「女子には似合わない専攻、だと思うんでしょう?」
「そうね、あんまり聞かないね」
「考古学教室の中でも女子はあたし一人だもの」
 元来、頑治さんと夕美さんの通っている大学は男子学生の方が女子より圧倒的に多い大学として有名でありました。文学部に関しては他の学部よりは在籍女子の比率が高いのではありますが、それでも割合としては二割程度と云う通説であります。
「仏文科とか英米文学科だったら多少は女子学生も居るだろうに、何でまた史学科の、それも一般的に女子にはからっきし人気の無さそうな考古学専攻なんだい?」
「女子には人気が無くても、あたしには人気があるのよ」
「ああ成程ね」
 そう云われれば頑治さんとしては頷くしか無いのでありました。物事の好き嫌いは人夫々でありますから頑治さんがそれに容喙する謂れは無いと云うものでありますか。
 夕美さんは頑治さんの頷きを無表情に見ながら林檎ジュースの缶のプルリングを引き開けて、それを口の上で傾けるのでありました。夕美さんのセミロングの髪の毛先の揺れと、白く長いうなじの曲線が頑治さんの目を惹き付けるのでありました。

 夕美さんが白いうなじを見せてコーヒーを一口含んで、カップを受け皿に戻すのを待ってから頑治さんが話題を変えるのでありました。
「そう云えば今度の会社の中に、夕美と同じ苗字の人が居るんだぜ。字の方は、刃物の刃に葉っぱの葉と書くんで違うけど」
 今度は頑治さんがさして白くも長くもないうなじを曝してコーヒーを一口飲んで、その後カップを下に置くのを待ってから夕美さんが応えるのでありました。
「ふうん。比較的珍しい名前なんだけどね」
「うん。奇遇にもね」
「どんな人?」
「俺と同じ業務仕事の先輩なんだよ」
(続)
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