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あなたのとりこ 43 [あなたのとりこ 2 創作]

「ああそう? 何かちょっとくどくなってきたようだからさ」
「くどくなんかなっていませんよ!」
 山尾主任はあくまで抗議するのでありました。日比課長はちょっと持て余すような苦笑いを浮かべて山尾主任から視線を外すのでありました。
 袁満さんと均目さんはこの遣り取りを傍観しているのでありました。しかし冷ややかに無視していると云うのではなく、自分如きが嘴を挟むのは遠慮しておこうと云う、謹慎を装って非当事者である立場をあくまで確保しておこうとする一種の保身と、面倒臭がりがその態度に徹する心持ちの大半でありましょう。頑治さんもそっちの口であります。
「山尾君、そのくらいにしておけよ。日比さんは軽い冗談で酔ったのかと云っただけなんだから。それにここに居ないヤツの事を何やかやと論うのはフェアじゃないだろう」
 片久那制作部長が酒の入った升を鼻の位置に上げ持って、その上から覗く眼鏡越しの目をやや厳めしくして窘めるのでありました。これはなかなかに迫力のある目と声音とタイミングでありました。山尾主任は明らかにたじろぐのでありました。
「・・・判りました。確かにフェアじゃないからもう止めます」
 山尾主任は意地から、オドオドと云った態に見えないように片久那制作部長の顔に向けていた視線を外して、手にしていたビールのコップをグイと空けるのでありました。
 何となく場の空気が重くなったものだから、少しの間会話が途切れるのでありました。しかしいつまでも重苦しい儘では折角の酒や料理が不味くなるからか、日比課長は袁満さんのコップにビールを注ぎ入れながら再び、結婚願望が強い割りに捗々しく女性にちょっかいを出さないその弱気をからかい始めるのでありました。袁満さんもそうやってからかわれるのが然程不快でもないような素振りで相手をしているのでありました。
 片久那制作部長は相変わらず無言で、口元での升の水平と傾斜の繰り返し作業に始終しているのでありましたし、山尾主任は話す相手を失ったように、こちらもビールを手酌で自分のコップに注いでは口に運んでいるのでありました。頑治さんとしては時折コップを口に当てつつそんなテーブル上の様子を眺めているしか無いのでありましたが、もう一人取り残されたような風情の均目さんと目が合って、どちらともなく二人で、まあ互いの自己紹介を兼ねたような他愛の無い会話を交わしているのでありました。

 それから小一時間ばかりでこの酒宴はお開きになるのでありました。後半は参加者全員で唄あり隠し芸ありで大いに盛り上がると云った風ではなくて、何となく夫々勝手に飲み食いしながら尻窄みに果てたと云った印象でありましたか。
 この後一人で、神田に在る馴染みの居酒屋に行くと云う片久那制作部長、それにもう帰ると云う山尾主任と別れて、残った日比課長と袁満さん、それに均目さんの三人は新宿に出て飲み直すと云う話しが纏まるのでありました、頑治さんも誘われたので、別に断る理由も無かったものだから三人と一緒に神保町駅まで歩くのでありました。この三人が何時もの気さくな面子と云う辺りでありましょうか。歩きながら聞けば、今出張に出ているもう一人の営業部の若手社員も加わって時々会社帰りに飲むのだそうであります。
(続)
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