あなたのとりこ 31 [あなたのとりこ 2 創作]
袁満さんは車の後部ハッチを開けて積まれている段ボールの荷を下ろし始めるのでありました。何処からか荷物を引き取って来たのでありましょうか。取り敢えず頑治さんは荷下ろしを手伝うために車の中の段ボールに手を出すのでありました。
「ああどうも」
袁満さんは頑治さんにまた顎を引くような仕草をしながら礼を云うのでありました。この袁満さんと云う人は何に付けても「ああどうも」と先ず云うのが口癖のようであります。当人としては無難な接頭文句みたいな心算なのでありましょうが、頑治さんはその如何にも一本調子の繰り返しに何処となく煩さを感じるのでありました。
「製本所か何処かから引きとって来た荷物ですか、これは?」
頑治さんが倉庫内に四つ程下ろされた段ボールに目を遣りながら訊くのでありました。その段ボールの角は少し拉げていたり蓋の部分がヨレヨレになっていて、とても新品とは云い難い代物であったからやや不審に思ってそう訊いたのでありました。
「いや、出張に持って行った分の余りだよ」
「出張、ですか」
「そう。最初山梨から信州、それから岐阜を回って愛知に出て、その後は静岡の浜名湖とか伊豆とか神奈川の箱根とか湯河原とかを回って来たんだよ」
「中部地方をぐるっと、と云った感じですね」
頑治さんは日本地図を頭の中に思い浮かべるのでありました。
「そう、十日間でね」
その旅程を仕事をしながら十日間で巡るのが強行軍なのか然程でもないのか判らなかったから、頑治さんはここで驚いて見せるべきかどうか少し迷うのでありました。
「なかなか長い出張ですね」
「そうね。長いと云えば長いね」
袁満さんは淡泊な顔で頷くのでありました。「でも出張は何時もそんなもんだよ」
「ああそうですか」
出張仕事の内容が知れないから頑治さんは曖昧な頷きをするのでありました。「お聞きしたところでは、出張先は観光地が多いみたいですね」
「多いと云うか、観光地ばかりだよ。観光地の土産物屋とかホテルとか国民宿舎とかを回るんだよ。そこで扱って貰っているウチの商品の補充をしたり、売れた分の集金をしたりとかね。まあ云ってみれば、富山の薬売りみたいな仕事かな」
「へえ、富山の薬売り、ですか」
「みたいな感じ、だよ。ウチの会社は薬は扱っていないから」
「ああそうですか」
薬は商っていないと云う事は頑治さんも既に知っているのでありましたし、袁満さんが出張の様を紹介するのに富山の薬売りを例として出したと云うのは端からちゃんと判っていたのでありました。袁満さんは頑治さんが、ひょっとしたら薬も商っていると自分の言葉をうっかり勘違いするといけないと苦労性に危惧したのでありましょうか。
(続)
「ああどうも」
袁満さんは頑治さんにまた顎を引くような仕草をしながら礼を云うのでありました。この袁満さんと云う人は何に付けても「ああどうも」と先ず云うのが口癖のようであります。当人としては無難な接頭文句みたいな心算なのでありましょうが、頑治さんはその如何にも一本調子の繰り返しに何処となく煩さを感じるのでありました。
「製本所か何処かから引きとって来た荷物ですか、これは?」
頑治さんが倉庫内に四つ程下ろされた段ボールに目を遣りながら訊くのでありました。その段ボールの角は少し拉げていたり蓋の部分がヨレヨレになっていて、とても新品とは云い難い代物であったからやや不審に思ってそう訊いたのでありました。
「いや、出張に持って行った分の余りだよ」
「出張、ですか」
「そう。最初山梨から信州、それから岐阜を回って愛知に出て、その後は静岡の浜名湖とか伊豆とか神奈川の箱根とか湯河原とかを回って来たんだよ」
「中部地方をぐるっと、と云った感じですね」
頑治さんは日本地図を頭の中に思い浮かべるのでありました。
「そう、十日間でね」
その旅程を仕事をしながら十日間で巡るのが強行軍なのか然程でもないのか判らなかったから、頑治さんはここで驚いて見せるべきかどうか少し迷うのでありました。
「なかなか長い出張ですね」
「そうね。長いと云えば長いね」
袁満さんは淡泊な顔で頷くのでありました。「でも出張は何時もそんなもんだよ」
「ああそうですか」
出張仕事の内容が知れないから頑治さんは曖昧な頷きをするのでありました。「お聞きしたところでは、出張先は観光地が多いみたいですね」
「多いと云うか、観光地ばかりだよ。観光地の土産物屋とかホテルとか国民宿舎とかを回るんだよ。そこで扱って貰っているウチの商品の補充をしたり、売れた分の集金をしたりとかね。まあ云ってみれば、富山の薬売りみたいな仕事かな」
「へえ、富山の薬売り、ですか」
「みたいな感じ、だよ。ウチの会社は薬は扱っていないから」
「ああそうですか」
薬は商っていないと云う事は頑治さんも既に知っているのでありましたし、袁満さんが出張の様を紹介するのに富山の薬売りを例として出したと云うのは端からちゃんと判っていたのでありました。袁満さんは頑治さんが、ひょっとしたら薬も商っていると自分の言葉をうっかり勘違いするといけないと苦労性に危惧したのでありましょうか。
(続)
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