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あなたのとりこ 13 [あなたのとりこ 1 創作]

 頑治さんは夕美さんの確定不能の表情に対して笑って見せるのでありました。
「それはまあ、そうよねえ」
 夕美さんはコーヒーを一口飲むのでありました。「取り敢えず頑ちゃんがそこで働こうって決めたんだから、働いてみるしかないわよね」
「今の段階では、そう云う事だな」
「じゃあ、まあ、取り敢えずお目出とう」
 夕美さんは持っているコーヒーカップをほんの少し差し上げて、乾杯のような仕草をしてから残ったコーヒーを飲み干すのでありました。
「取り敢えず、有難う」
 頑治さんも顎の上でカップを最終域まで傾けるのでありました。
「お祝いに晩ご飯、奢ってあげるわ」
 夕美さんは語調を弾ませるのでありました。
「おお、それは嬉しいな」
 頑治さんは口元を綻ばすのでありました。それから何か云い淀むように少し俯いてからすぐに夕美さんの目を見るのでありました。夕美さんはそんな頑治さんの素振りにやや怪訝そうな顔色をして見せるのでありましたが、多分頑治さんの口からものされるであろう次の語句に付いては、もう充分に察しているのでありましょう。夕美さんの頑治さんを見る瞳が艶やかな光沢を湛えているのが、その明らかな証拠と云えるでありましょうし。
「今日は泊まっていけるんだろう?」
 頑治さんはそう訊くのでありましたが、妙にぎごちない訊き方ではなく、サラリと自然な感じの口振りだったろうかと、訊いた後に少し不安になるのでありました。
「うん、その心算」
 夕美さんの応え方は全く自然な風でありました。頑治さんの口元に思わず安堵と喜色が交々浮かぶのでありました。

   長い一日

 月曜日は早起きして始業十五分前に初出社してみると、金曜日に主に頑治さんを面接した土師尾営業部長と、お茶を出してくれた女性が既に来ていて夫々のデスクに座っているのでありました。あの時ドアを開けてくれた若い社員の姿は無いのでありました。
 頑治さんは土師尾営業部長の前に行って畏まったお辞儀するのでありました。
「今日からよろしくお願いします」
 土師尾営業部長はそんな頑治さんをニコニコと笑って迎えるのでありました。
「ああ、紹介しておこう」
 土師尾営業部長は軽く頭を下げて頑治さんに答礼した後、長いスチールの重役机左に右横辺をくっ付けて据えてある事務机の女性に目を向けるのでありました。「こちらは経理と庶務を担当している甲斐計子さん」
(続)
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